【Guilty secret】
日曜日から月曜日に日付が変わる直前、赤木奏の自宅から採取した毛髪のDNAと、10年前の佐久間夫妻殺人事件の現場に残されていた毛髪のDNAが鑑定で一致したと、科捜研から警視庁の特命捜査対策室の倉持警部に連絡が入った。
これにより正式に赤木奏が10年前の未解決殺人事件の重要参考人として手配された。だが赤木の携帯電話は既に解約手続きが行われ、彼名義の車も千駄ヶ谷のマンションの駐車場に置き去りにされていた。
自宅の退去と携帯電話の解約。忽然と姿を消した赤木の行方は掴めぬまま、月曜日の夜明けを迎えた。
*
10月17日(Mon)午前9時
デザイン事務所Fireworksのオフィスは月曜の朝から騒然としていた。オフィスに入り乱れる刑事達が、赤木のデスクからノートパソコンや雑多な物を箱に詰めていく。
押収した赤木の私物を運び出す刑事達を園山詩織は呆然と眺めていた。
「奏が殺人犯だなんて信じられない……」
詩織が出社した時にはもうオフィスに警察が到着していた。警察から、赤木が10年前に小平市で起きた殺人事件の重要参考人だと聞かされ、Fireworksの社員は皆、信じ難い事実に言葉も出なかった。
赤木は部長のデスクに退職願を置いていた。土曜日の16時49分に赤木の社員証のIDでオフィスのロックを解除した形跡が見つかった。
退室は17時12分。
社員証はオフィスの郵便受けに残されていた。一昨日の土曜にFireworksに立ち寄ってからの赤木の足取りは不明だ。
警察に押収されなかった赤木のスケッチブックを詩織はめくる。彼が愛用していたスケッチブックには、クロッキーやデザインのアイデアスケッチがびっしり描き込まれていた。
詩織をモデルにした絵も何枚かある。赤木に絵を描いてもらっている時の、彼の瞳が自分だけを夢中で見つめているあの時間が詩織は好きだった。
赤木との思い出のスケッチブックを彼女は抱き締める。
愛していた。彼が過去に罪を犯していたと知った今でも彼を愛する気持ちは変わらない。
『園山さん。こんな時に申し訳ないけど、赤木さんが抱えていたクライアントにこれから事情説明と引き継ぎの挨拶に行くから。出掛ける用意してね』
「私もですか?」
スケッチブックを抱き締めて瞳を潤ませる詩織に、部長は遠慮がちに折り目のついたB5サイズの用紙を差し出した。
『これが退職願と一緒に入っていてね。自分が抱えているクライアントは園山さんに引き継ぎをお願いしますと書いてあったよ』
用紙を受け取った詩織は赤木の直筆で書かれた文章に目を走らせた。
赤木が担当しているクライアントの引き継ぎは可能な限り園山詩織に委託を願うこと、詩織ならばクライアントが納得するデザインを仕上げられる、彼女のデザインの腕は彼女とパートナーを組んできた自分が一番知っている、詩織を信頼して後を任せたい……。
手紙の最後は〈詩織、迷惑かけて申し訳ない。君の幸せを願っている〉その一行で締め括られていた。
「私のデザインにいつもダメ出ししてたくせにっ! 勝手に幸せ願わないでよ……そう思うなら、あんたが私を幸せにしてよ!」
人目も憚《はばか》らず泣き崩れる詩織に同僚の女性が寄り添う。
「バカ……奏のバカ……! 何も言わずにいなくならないでよ……」
赤木と交際している間、彼から愛していると言われたことは数少ない。無口で感情を表に出さない彼にヤキモキして、本当に愛されているか不安になった時期もあった。
だけど詩織は確かに愛されていた。これは最初で最後の、赤木奏からのラブレターだった。
これにより正式に赤木奏が10年前の未解決殺人事件の重要参考人として手配された。だが赤木の携帯電話は既に解約手続きが行われ、彼名義の車も千駄ヶ谷のマンションの駐車場に置き去りにされていた。
自宅の退去と携帯電話の解約。忽然と姿を消した赤木の行方は掴めぬまま、月曜日の夜明けを迎えた。
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10月17日(Mon)午前9時
デザイン事務所Fireworksのオフィスは月曜の朝から騒然としていた。オフィスに入り乱れる刑事達が、赤木のデスクからノートパソコンや雑多な物を箱に詰めていく。
押収した赤木の私物を運び出す刑事達を園山詩織は呆然と眺めていた。
「奏が殺人犯だなんて信じられない……」
詩織が出社した時にはもうオフィスに警察が到着していた。警察から、赤木が10年前に小平市で起きた殺人事件の重要参考人だと聞かされ、Fireworksの社員は皆、信じ難い事実に言葉も出なかった。
赤木は部長のデスクに退職願を置いていた。土曜日の16時49分に赤木の社員証のIDでオフィスのロックを解除した形跡が見つかった。
退室は17時12分。
社員証はオフィスの郵便受けに残されていた。一昨日の土曜にFireworksに立ち寄ってからの赤木の足取りは不明だ。
警察に押収されなかった赤木のスケッチブックを詩織はめくる。彼が愛用していたスケッチブックには、クロッキーやデザインのアイデアスケッチがびっしり描き込まれていた。
詩織をモデルにした絵も何枚かある。赤木に絵を描いてもらっている時の、彼の瞳が自分だけを夢中で見つめているあの時間が詩織は好きだった。
赤木との思い出のスケッチブックを彼女は抱き締める。
愛していた。彼が過去に罪を犯していたと知った今でも彼を愛する気持ちは変わらない。
『園山さん。こんな時に申し訳ないけど、赤木さんが抱えていたクライアントにこれから事情説明と引き継ぎの挨拶に行くから。出掛ける用意してね』
「私もですか?」
スケッチブックを抱き締めて瞳を潤ませる詩織に、部長は遠慮がちに折り目のついたB5サイズの用紙を差し出した。
『これが退職願と一緒に入っていてね。自分が抱えているクライアントは園山さんに引き継ぎをお願いしますと書いてあったよ』
用紙を受け取った詩織は赤木の直筆で書かれた文章に目を走らせた。
赤木が担当しているクライアントの引き継ぎは可能な限り園山詩織に委託を願うこと、詩織ならばクライアントが納得するデザインを仕上げられる、彼女のデザインの腕は彼女とパートナーを組んできた自分が一番知っている、詩織を信頼して後を任せたい……。
手紙の最後は〈詩織、迷惑かけて申し訳ない。君の幸せを願っている〉その一行で締め括られていた。
「私のデザインにいつもダメ出ししてたくせにっ! 勝手に幸せ願わないでよ……そう思うなら、あんたが私を幸せにしてよ!」
人目も憚《はばか》らず泣き崩れる詩織に同僚の女性が寄り添う。
「バカ……奏のバカ……! 何も言わずにいなくならないでよ……」
赤木と交際している間、彼から愛していると言われたことは数少ない。無口で感情を表に出さない彼にヤキモキして、本当に愛されているか不安になった時期もあった。
だけど詩織は確かに愛されていた。これは最初で最後の、赤木奏からのラブレターだった。