【Guilty secret】
10月18日(Tue)午前9時
今までそこに居た誰かが居なくなれば別の誰かが空席に座る。それが世の理《ことわり》。
風見新社の社会部では逝去した国井元副編集長の後任で新しい副編集長が就任した。新しい副編集長は田辺編集長のお気に入り、つまり田辺軍団の取り巻きのひとりだ。
前任の国井と田辺編集長は何かと対立していたが、副編集長が自分の取り巻きとなればこれで完全に田辺の天下だと部署内で冷ややかに囁かれている。
西崎沙耶は新副編集長の就任の挨拶を聞き流して、昨晩の早河探偵からの状況報告の電話の内容を頭の中で反芻していた。
赤木が10年前の佐久間夫妻殺害の重要参考人として手配されたこと、芽依が両親の殺害を認めたこと。
現段階では重要参考人のため、赤木の手配は世間に公表はされていない。早河は警察に強いコネクションがあるらしく、これらの情報も警察のコネから得たようだ。
芽依が殺人に関与していた事実は沙耶の気分を重くさせる。妹のように可愛がっていたあの子がどんな苦しみを味わい、凶行に至ったか考えるだけで胸が痛む。
副編集長の挨拶が終わると沙耶は田辺編集長に呼び出された。担当コラムの記事は仕上がっているし、他にミスをやらかした記憶もない。
編集長に呼び出しを受ける理由がわからず、沙耶は恐々と編集長のデスクの前に立った。
『再来月号にお前の枠をひとつとってある』
「コラムではなく……?」
『そうだ。見開き2ページ、試しに3ヶ月連載にでもしようと思ってる』
「ありがとうございます!」
社会部に来て2年、ようやく書きたい記事が書ける機会が巡ってきた。
『記事のテーマでやりたいものはあるか? なければ俺の方で考えるが』
「ネグレクト……育児放棄の記事はいかかでしょう?」
『確かに育児放棄は最近の社会問題になってるな』
「育児放棄は子どもの人生を大きく変えてしまいます。家庭内の問題でもあり、周りも気付きにくい。読んだ人が、子どもや育児放棄をしてる親のSOSのサインに少しでも気付けるような記事を書きたいと思っています」
沙耶の熱意がどこまで伝わったか定かではないが、編集長は沙耶のテーマにOKを出した。彼女はさっそくネグレクト関連の取材日程を組む。
関連書籍の閲覧や行政団体への取材申し込みなど、記事を書く前にやらなければならないことが山積みだ。
10年前に見逃してしまった小さなサイン。気付けたかもしれない佐久間芽依の悲しみのSOSを10年前の沙耶は見逃していた。
これは10年前の佐久間芽依と10年後の清宮芽依への償い。
記者の自分にしかできないことを、西崎沙耶だからできることをやると決めた。
二度と、悲しみの子どもを産み出さないためにも。
今までそこに居た誰かが居なくなれば別の誰かが空席に座る。それが世の理《ことわり》。
風見新社の社会部では逝去した国井元副編集長の後任で新しい副編集長が就任した。新しい副編集長は田辺編集長のお気に入り、つまり田辺軍団の取り巻きのひとりだ。
前任の国井と田辺編集長は何かと対立していたが、副編集長が自分の取り巻きとなればこれで完全に田辺の天下だと部署内で冷ややかに囁かれている。
西崎沙耶は新副編集長の就任の挨拶を聞き流して、昨晩の早河探偵からの状況報告の電話の内容を頭の中で反芻していた。
赤木が10年前の佐久間夫妻殺害の重要参考人として手配されたこと、芽依が両親の殺害を認めたこと。
現段階では重要参考人のため、赤木の手配は世間に公表はされていない。早河は警察に強いコネクションがあるらしく、これらの情報も警察のコネから得たようだ。
芽依が殺人に関与していた事実は沙耶の気分を重くさせる。妹のように可愛がっていたあの子がどんな苦しみを味わい、凶行に至ったか考えるだけで胸が痛む。
副編集長の挨拶が終わると沙耶は田辺編集長に呼び出された。担当コラムの記事は仕上がっているし、他にミスをやらかした記憶もない。
編集長に呼び出しを受ける理由がわからず、沙耶は恐々と編集長のデスクの前に立った。
『再来月号にお前の枠をひとつとってある』
「コラムではなく……?」
『そうだ。見開き2ページ、試しに3ヶ月連載にでもしようと思ってる』
「ありがとうございます!」
社会部に来て2年、ようやく書きたい記事が書ける機会が巡ってきた。
『記事のテーマでやりたいものはあるか? なければ俺の方で考えるが』
「ネグレクト……育児放棄の記事はいかかでしょう?」
『確かに育児放棄は最近の社会問題になってるな』
「育児放棄は子どもの人生を大きく変えてしまいます。家庭内の問題でもあり、周りも気付きにくい。読んだ人が、子どもや育児放棄をしてる親のSOSのサインに少しでも気付けるような記事を書きたいと思っています」
沙耶の熱意がどこまで伝わったか定かではないが、編集長は沙耶のテーマにOKを出した。彼女はさっそくネグレクト関連の取材日程を組む。
関連書籍の閲覧や行政団体への取材申し込みなど、記事を書く前にやらなければならないことが山積みだ。
10年前に見逃してしまった小さなサイン。気付けたかもしれない佐久間芽依の悲しみのSOSを10年前の沙耶は見逃していた。
これは10年前の佐久間芽依と10年後の清宮芽依への償い。
記者の自分にしかできないことを、西崎沙耶だからできることをやると決めた。
二度と、悲しみの子どもを産み出さないためにも。