【Guilty secret】
火曜日の午後になっても赤木奏の行方は知れず、彼の祖母の家がある栃木県にも赤木が現れた気配はなかった。
早河探偵事務所が夕焼け色に染まる。事務所を訪れた矢野一輝は、ブラインドが上げられた西向きの窓の枠にもたれた。
『母親は赤木が7つの時に蒸発、酒飲みの父親は頻繁に赤木や母親にDVをしていたそうです。母親がいなくなった後、赤木は父親の虐待を受けて育つ。小学校から児童相談所に虐待の通報が何度かあったらしいですが、赤木が8歳の冬に住んでたアパートの火事で父親が死亡。火事の原因は父親の煙草の不始末……』
警察が掴んだ赤木の情報を矢野も入手していた。彼はタブレット端末に表示された赤木の情報を読み上げて早河に聞かせる。
『生き残った赤木は栃木の祖母の家に引き取られた。なかなかハードな経歴ですよね』
『赤木は芽依に昔の自分を重ねて見ていたのかもな。虐待されていた自分を育児放棄されている芽依に重ね合わせていたから、芽依の苦しみが他人事に思えなかった。だから芽依に加担した』
早河仁は二人分のコーヒーをカップに注いでひとつを矢野に渡す。室内にコーヒーの香りが濃く漂った。
『今回の一件で親になるのが怖くなりましたよ』
早河が淹れたコーヒーをすすって矢野が心情を吐露する。来年の初めに矢野と真紀の間に誕生する新しい命との対面が楽しみでもあり、生まれてしまえば逃れられない“親”の責任に少しだけ怖じ気づく。
『虐待のニュースを聞くと、大抵の親はしつけだと思ってやっていたって言うじゃないですか。それって言い訳だと思っていたけど、実はそうじゃないのかもなって。親は本当にそれがしつけだと思い込んでやっているケースも多いのかもしれません』
『虐待としつけの境界線は紙一重だ。越えてはいけないものを越えた時、それはしつけではなく虐待になる』
窓から差し込む夕陽が眩しくて早河は目を細めた。デスクに飾られた写真立てには愛する妻と娘の写真が入り、彼は赤い光の中で写真を見つめる。
『親はしつけと思っていても度を越えた叱責は子どもの心を傷付ける。子どもの心と身体を傷付けた時に、しつけを越えた虐待に変わってしまうのかもしれない』
赤ん坊のうちはまだいいが、日々成長し続ける愛娘を叱責する日が必ず来る。
その時に感情的にならずに子どもを正しい道へ導けるか早河も自信はない。
そもそも“正しい”とは何?
大人でさえ何が正しいのかわからなくなるのに、子どもに“正しさ”を教えられるだろうか。
大人だって間違いを犯す。芽依の両親も赤木の両親も間違えていた。
『親になるのが怖くない人間はいない。親になることは、自分以外の人間の人生の責任を一定期間負うことだ。誰だって最初から自信はないし誰だって怖いに決まってる。俺も毎日怖いさ』
これから親になる矢野に、先に親となった早河が言える唯一のこと。後は本人とその家族次第だ。
早河の想いを受け取った矢野は頷いた。
誰もが不安で誰もが手探り。子を持つとは、子どもの人生の責任を持つことと同義なのだ。
早河探偵事務所が夕焼け色に染まる。事務所を訪れた矢野一輝は、ブラインドが上げられた西向きの窓の枠にもたれた。
『母親は赤木が7つの時に蒸発、酒飲みの父親は頻繁に赤木や母親にDVをしていたそうです。母親がいなくなった後、赤木は父親の虐待を受けて育つ。小学校から児童相談所に虐待の通報が何度かあったらしいですが、赤木が8歳の冬に住んでたアパートの火事で父親が死亡。火事の原因は父親の煙草の不始末……』
警察が掴んだ赤木の情報を矢野も入手していた。彼はタブレット端末に表示された赤木の情報を読み上げて早河に聞かせる。
『生き残った赤木は栃木の祖母の家に引き取られた。なかなかハードな経歴ですよね』
『赤木は芽依に昔の自分を重ねて見ていたのかもな。虐待されていた自分を育児放棄されている芽依に重ね合わせていたから、芽依の苦しみが他人事に思えなかった。だから芽依に加担した』
早河仁は二人分のコーヒーをカップに注いでひとつを矢野に渡す。室内にコーヒーの香りが濃く漂った。
『今回の一件で親になるのが怖くなりましたよ』
早河が淹れたコーヒーをすすって矢野が心情を吐露する。来年の初めに矢野と真紀の間に誕生する新しい命との対面が楽しみでもあり、生まれてしまえば逃れられない“親”の責任に少しだけ怖じ気づく。
『虐待のニュースを聞くと、大抵の親はしつけだと思ってやっていたって言うじゃないですか。それって言い訳だと思っていたけど、実はそうじゃないのかもなって。親は本当にそれがしつけだと思い込んでやっているケースも多いのかもしれません』
『虐待としつけの境界線は紙一重だ。越えてはいけないものを越えた時、それはしつけではなく虐待になる』
窓から差し込む夕陽が眩しくて早河は目を細めた。デスクに飾られた写真立てには愛する妻と娘の写真が入り、彼は赤い光の中で写真を見つめる。
『親はしつけと思っていても度を越えた叱責は子どもの心を傷付ける。子どもの心と身体を傷付けた時に、しつけを越えた虐待に変わってしまうのかもしれない』
赤ん坊のうちはまだいいが、日々成長し続ける愛娘を叱責する日が必ず来る。
その時に感情的にならずに子どもを正しい道へ導けるか早河も自信はない。
そもそも“正しい”とは何?
大人でさえ何が正しいのかわからなくなるのに、子どもに“正しさ”を教えられるだろうか。
大人だって間違いを犯す。芽依の両親も赤木の両親も間違えていた。
『親になるのが怖くない人間はいない。親になることは、自分以外の人間の人生の責任を一定期間負うことだ。誰だって最初から自信はないし誰だって怖いに決まってる。俺も毎日怖いさ』
これから親になる矢野に、先に親となった早河が言える唯一のこと。後は本人とその家族次第だ。
早河の想いを受け取った矢野は頷いた。
誰もが不安で誰もが手探り。子を持つとは、子どもの人生の責任を持つことと同義なのだ。