【Guilty secret】
 半分までページをめくった沙耶はある記事に目を留めた。

「この事件……」
『……ああ、10年前の小平《こだいら》社長夫妻の殺人事件か。確か殺害された夫妻の娘が事件後に行方不明になって、誘拐だとか言われて当時かなり騒がれていたな』
「私、この殺された被害者家族を知っているんです。家が近所で……」
『近所? 西崎は被害者と親しかったのか?』
「殺された夫妻とはそれほど……。当時は私も高校生だったので、奥さんとは挨拶程度でした。でも小学生の娘さんとはたまに公園で遊んだりしてて……」

沙耶は新聞記事に視線を落とす。

「だから旦那さんと奥さんが殺されて娘さんが行方不明と聞いた時はすごくショックでした。近所であんな殺人事件があったのも初めてでしたし」

 事件は10年前の2001年10月18日木曜日に起きた。
東京都小平市の会社経営、佐久間晋一《さくま しんいち》(38)と妻の聡子《さとこ》(35)が刃物で全身を数ヵ所刺されて死亡した。

晋一と聡子の財布からは現金が盗まれており、小平警察署は強盗殺人事件として捜査を開始したが佐久間夫妻の長女の芽依《めい》(10)の行方が事件直後からわからなくなっていた。

 芽依のランドセルは自宅に残されたままだった。芽依は小学校から帰宅後、佐久間夫妻を殺害した犯人に誘拐された可能性が高いと捜査本部は判断。

殺人事件の捜査と同時進行で芽依の捜索も行われた。

 事件から1週間後の10月26日の夕方、芽依は小平市内の交番で保護された。
芽依に怪我や衰弱はなかったが、彼女が最後に小学校に登校した事件発生日の18日とは着ている衣服が異なっていた。

事件発生後から行方不明になっていた1週間の出来事を芽依は何も話そうとせず、ASD(急性ストレス障害)の症状があると精神科の医師は診断を下した。

 佐久間夫妻を殺害した犯人及び、芽依を誘拐した犯人の手がかりはなく、捜査は難航。

唯一の手がかりは佐久間家の殺害現場に残されていた犯人と思わしき人物の遺留物だが、佐久間夫妻の周囲に遺留物の該当者は見つからなかった。

「佐久間夫妻にはどちらも兄弟がいなくて高齢のご両親しかいらっしゃらなかったので、芽依ちゃんは施設に引き取られたと母から聞きました」

 10年前の事件を思い出して沙耶は目元を潤ませた。自分の身近で起きた事件にはつい感情が入る。
国井は腕組みをして沙耶を見据えた。

『西崎。お前この事件を追え』
「私が?」
『10年前の殺人事件と少女誘拐、お前がこの事件の記事を担当するんだ』
「でも……いいんですか? 私、社会部に来てまだまともな記事も書いたことありませんよ?」

戸惑う沙耶の肩を国井が叩く。

『もともと未解決事件の特集の担当をお前にもひとつ任せるつもりだったんだ。西崎にどの事件を担当させようか考えていたんだが、お前はこの事件の被害者家族を知っている。被害者をまったく知らない人間よりもお前の視点だから書ける記事がある。新事実を見つける気で、ここら辺りで手柄挙げてこい』
「はいっ。ありがとうございます!」

 沙耶は寝起きでボサボサの髪を手ぐしで整えてから、国井副編集長に頭を下げた。
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