【Guilty secret】
 ノックの音と室内に誰かが入る足音が聞こえても沙耶は下げた頭を上げなかった。

「事件解決のため……それでどうして芽依ちゃんへの接触が必要なの?」

顔を上げた沙耶はテーブルにコーヒーカップが二つ置いてあることに気付く。

「冷めないうちにどうぞ」
「いただきます」

園長に促されてカップを手に取った。熱いコーヒーが熱弁して渇いた口内に染み渡る。

「芽依ちゃんは事件後1週間行方不明になっていました。警察は誘拐の線で捜査をしていたようです。私は芽依ちゃんと1週間の時を一緒に過ごしていた何者かが、佐久間夫妻を殺害した犯人だと考えています」
「警察も同じ見解をしていましたね」
「はい。芽依ちゃんは事件から1週間後に保護されました。でも空白の1週間のことをほとんど語らなかった。ASDと診断されましたが、事件直後の彼女の身に何が起きたのかいまだに不明なままです。芽依ちゃんは1週間もの間、誰とどこにいたのか……そこに事件解決の糸口があるような気がします」

沙耶の話を園長は黙って聞いていた。

「西崎さん。あなたもそうでしょうけれど、誰にでも他人に話したくない過去があります。たとえそれが真実だったとしても真実として語りたくないことがあります。あなたが芽依ちゃんに10年前の話を聞くことで芽依ちゃんがどれだけ辛い思いをすることになるか、考えました?」

 園長の厳しい指摘に沙耶は押し黙る。他人の傷を抉り、掘り返すのがマスコミであり、ジャーナリストだ。
取材によって誰かが傷付き、記事になることでまた別の誰かを傷付ける。

言葉の出ない沙耶を見つめて溜息をついた園長が重たい口を開いた。

「芽依ちゃんはご両親を亡くされてから1年ほどここに居ました。ちょうど11月になる頃の入所でしたね」

 沙耶の沈黙をどう受け取ったか、長屋園長は窓の外に視線を移した。彼女は園内で遊び回る子ども達を母親とも祖母ともとれる眼差しで見つめている。


 ──何も喋らない、何も見ていない、人形のような女の子だった……そう言った長屋園長は10年前の佐久間芽依との出会いを語り始めた。

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