【Guilty secret】
「芽依ちゃんが事件前まで通っていた小平市の小学校の先生にも聞きましたが、芽依ちゃんの絵が上手くなり始めたのは小学3年生の秋頃だそうです。事件が起きた時に4年生でしたから、その1年前ということですね」
「小3の秋……。その時期に芽依ちゃんはプロの絵描きや絵心のある人と出会って、その人に絵を教わった……? ひょっとしてその人物が犯人?」
「西崎さん」

園長の冷ややかな声に沙耶は肩を竦める。

「すみません。軽率な発言でした」
「私も芽依ちゃんにはご両親とは別にして誰か、芽依ちゃんにとって大切な人がいたような気はするんですよ。芽依ちゃんを慈しみ、愛してくれた人がいたんじゃないかって。この絵の題名を見てください」

 園長が額の下のプレートを指差した。プラスチックのプレートには作品のタイトルが書かれている。
赤い夕日に舞う赤い落ち葉の絵の題名は……約束。

「〈約束〉……芽依ちゃんと誰かとの約束?」
「西崎さん。私はあなたの意見を真っ向から否定するつもりもないんですよ」

プレートの文字に首を傾げる沙耶の隣に園長が並んだ。

「これは私がこの10年、心に仕舞い続けてきたことですが……芽依ちゃんはその大切な“誰か”を庇っているのではないかと思えてならないんです」
「芽依ちゃんの大切な誰か、この絵の〈約束〉の相手が佐久間夫妻を殺害したと園長先生はお考えですか?」
「あなたもそう考えているのでしょう?」

沙耶は迷いなく首肯した。

「はい。少なくとも芽依ちゃんが事件後1週間、衰弱や怪我もなかったことや、芽依ちゃんの衣服が事件当日と異なっていることを考えると、芽依ちゃんの衣食住の面倒を1週間誰かが見ていたことになります」

昨夜から事件資料を読み込み、ここに来るまでの間に思い至った結論を彼女は述べる。

「佐久間夫妻に兄弟はなく、夫妻のどちらの実家も関東ではありません。小学生の女の子が親戚ではない他人の家に1週間も滞在できるでしょうか? それも事件はテレビで話題になって芽依ちゃんの捜索も大々的に行われていました」
「もしも芽依ちゃんがどこかのお宅で保護されていたとしても、すぐに警察に届けられるでしょう。1週間あの子が誰とどこにいたのか……」
「芽依ちゃんと1週間一緒にいた人物が芽依ちゃんに絵を教えていた、彼女の大切な誰かだと考えれば筋は通ります」

 沙耶と園長は玄関前から廊下を歩いて園長室に戻った。

「あの絵の題名の〈約束〉の意味も芽依ちゃんは教えてくれませんでした。誰とした、どんな約束なのかは芽依ちゃんのトップシークレットなのよ。芽依ちゃんにその大切な人についての話を聞くことは彼女の心を傷付けることになります」
「はい……」
「真実は必ずしも人を幸福にするとは限りません」

沙耶は無言で頷いた。
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