【Guilty secret】
 芽依は西武鉄道国分寺線の鷹の台駅で電車を降りた。乗り換えを三回、家を出てから1時間かけてここまで辿り着けた。

鷹の台駅は小平市にある。10年前まで暮らしていたこの街が芽依は好きではない。
彼女にとって良い思い出の多い街ではないからだ。

 鷹の台駅のすぐ側の、小平中央公園の入り口の前で深呼吸をする。良い思い出のない街で唯一この公園だけが芽依の大切な思い出の場所。

 ここであの人と出会い、あの人と楽しい時間を過ごした。この公園であの人と過ごす一時だけが芽依は芽依としての人格を持ち、何物にも拘束されずに自由でいられた。

ここは“お兄ちゃん”との思い出の場所だ。

 昔の記憶を頼りに小道を進む。入り口から少し入ったところにひょろりと背の高い男が立っていた。

(なんで……あの人が……)

進み出した足が震えている。芽依はゆっくり、ゆっくり、その人に近付いた。

「あの……赤木さん……ですよね?」

 芽依に声をかけられた赤木はしばらく無表情に彼女を見つめる。

『ああ……昨日の本屋の店員さん?』
「はい。こんなところで……偶然ですね」

赤木に向ける笑顔がぎこちない。どうして、どうして、ここにいるのと今すぐ問い質したかった。

「何してるんですか?」
『木を見てる』

彼は顔を上げて秋色に色づき始めた木々に視線を送る。ぎこちなかった芽依の笑顔はその答えを聞いて自然な微笑を見せた。

「見ればわかります」
『君はどうしてここに? 家がこの辺りなの?』
「家は……遠いところにあります。ここに来たのはなんとなく……。赤木さんはどうしてここに?」
『俺もなんとなく。こうして自然と触れ合うとデザインのインスピレーションが浮かぶから』

 今日の赤木は昨日見掛けたスーツ姿ではなく、ラフな私服だった。

「デザイン関係のお仕事なんですか? 昨日注文された本も美術書でしたね」
『デザイン事務所で働いてる。昨日の本は仕事とは関係ないただの趣味』

淡々とした抑揚のない話し方も昔どこかで聞いた覚えがある。抑揚のない声色に含まれる彼の優しさを芽依はすでに知っている気がした。

「いきなり変なことをお尋ねしてもいいですか?」
『内容によるけど、何?』

 赤木は木を見上げたまま答える。彼の右手の甲にはやっぱり今日も火傷の痕があった。
見間違いでも錯覚でもない、紛れもなく火傷の痕だ。

「赤木さんは10年前はおいくつでした?」
『10年前に小学生の子どもだったように見える?』
「いいえ……10年前にハタチくらい?」
『今32。10年前は22』

10年前にここで出会った“お兄ちゃん”も大学生だった。昨日から感じていた芽依の予感が確信に変わる。
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