【Guilty secret】
「この近くに美術大学がありますよね。もしかして赤木さんはそこに通っていましたか?」
『そうだけど何が聞きたいわけ?』

 苛つく様子の赤木が芽依に不審な眼差しを向ける。見ず知らずの人間に脈絡なく年齢や出身大学を問われれば、誰でも不審がって当然だ。

「ごめんなさい。私は10年前までこの街に住んでいたんです。この公園は通っていた英会話塾の近くで……塾が始まる前によくここに遊びに来ていました」

 赤い太陽の反対側には長く伸びたふたつの影法師。
刻々と迫る日没を前にして空に描かれる真っ赤な夕焼けは赤い絵の具みたいに鮮やかだ。

「小学3年生の時にここで大学生のお兄ちゃんと出会いました。お兄ちゃんはベンチに座って、スケッチブックを持っていて……お兄ちゃんは絵がとっても上手でした」

涙ぐむ瞳の向こうに赤木奏がいる。今の彼がどんな顔をしているのか涙で滲む視界ではよく見えない。

「お兄ちゃんの右手の甲には火傷の痕があって……」
『芽依……なのか?』

芽依の言葉を赤木が遮る。久しぶりに“お兄ちゃん”の声で名前を呼ばれた。その声で一緒に口ずさんだ童謡のメロディが記憶の中に流れ出す。

「そうだよ……“お兄ちゃん”」

 気付いた時には赤木に抱き付いていた。彼の身体は温かくて煙草の香りがした。10年前と同じ香りだ。
困惑する赤木は芽依を見下ろす。彼の両手は地に向けて下ろされていて、芽依の身体には一切触れない。

『……芽依。離れてくれ』

今度の彼の声は重苦しかった。芽依の目から溢れた涙が頬を濡らす。

『俺から離れろ』

冷たくぶっきらぼうな口調が悲しくて芽依は泣き顔を歪めた。

「なんで?」
『“約束”忘れたのか?」

 約束……10年前の〈約束〉
ハッとした芽依は赤木の背中に回していた腕をほどく。二歩下がって彼と距離をとった。

「ごめんなさい」
『早く帰れ。ここにはもう来るな。ここはお前がいるべき場所じゃない』

芽依に背を向けた赤木は彼女を残して公園の入り口に歩を進めた。やがて赤木の姿はどこにも見えなくなり、ひとりにされた芽依は涙を流してうずくまる。

「やっと会えたのに……」

“約束”したから。
だからさよならなんだよ……
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