【Guilty secret】
9.アフロディーテ
 居酒屋の賑わいの中で西崎沙耶はテーブルに顔を伏せた。沙耶の向かい側にはビールを呷る国井副編集長がいる。

『それで自信失くして帰って来たのか。情けねぇな。まだ取材初日だろ』
「だって……私がしようとしてることは誰も幸せにならないことなんだって思うと、なんだか……」
『ジャーナリストやるからには覚悟を決めろ。こんなことでいちいち気落ちしてちゃ、続かないぞ』

 みどり園からの帰り道に国井に取材経過の報告の連絡を入れ、その際に少しばかり弱音を吐いてしまった。

国井と会う予定ではなかったが、沙耶を元気づけようと飲みに誘ってくれた彼の心遣いは素直に有り難く思う。

 居酒屋を出て大通りに通じる道を歩く。10月中旬の夜風が冷たく肌に触れた。
居酒屋に居たときは饒舌だった国井は無言で沙耶の一歩前を歩いている。

「話聞いていただいてありがとうございました。私、自分でタクシー拾いますから……」

急に国井に腕を掴まれて人のいない路地裏に連れて行かれた。拒む余裕もなく、引き寄せられ、ふたつの唇が接触する。

『落ち込んでる部下を慰めるのも上司の仕事』
「慰めるって……こんなこと……」
『嫌?』

 耳元に国井の吐息を感じてゾクゾクとした快感が沙耶の全身に伝わる。久しぶりの快感だった。彼と触れ合う身体も熱を持ち始めている。
沙耶の身体は男を求めていた。

「嫌……じゃないです」
『よし。いい子だ。……沙耶』

 もう一度、彼とキスをした。さっきよりも深く、熱く、永く。舌と舌が絡まり合って吸われて吸って、互いの熱で身体中が熱い。

腰やヒップラインをなぞる国井の手つきにまたゾクゾクした快感が昇る。ここから先はお楽しみと言うように、国井は沙耶を焦らして寸止めを繰り返す。

 キスと抱擁を重ねて路地裏を出た二人は何も言わずにタクシーに乗り込んだ。

きっともう戻れない。真実を追い求めることも危険な火遊びの関係も、一度足を踏み入れてしまえば終わりだ。

沙耶と国井を乗せたタクシーは夜の繁華街に消え失せた。
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