【Guilty secret】
 ──シックな内装のこのホテルの名前が〈アフロディーテ〉であることに沙耶はいまいち納得がいかなかった。

 昨今ではこういったホテルの内装も華美な装飾は衰退して都心の高級ホテルのようなシンプルかつ洗練された雰囲気に変わりつつある。 

けれども、どれだけ内装を今時の流行りに変えたとしてもホテルの名前が如何《いか》にもな名前のままでは、結局そういう所は“そういう所”でしかない。

 沙耶の肩を抱く国井の左手薬指には銀色の結婚指輪が嵌まる。どうしてこんなことになってしまったのか、すえた男と女の匂いが充満する室内で彼女は何度目かの後悔の溜息を吐いた。

国井は携帯電話でメールを打っている。国井の携帯電話はスマートフォンと呼ばれるタッチパネル式の最新の携帯電話だ。

『よし。これでいいだろう』

上機嫌に口笛を吹いて彼はスマホをサイドテーブルに置いた。

「アリバイ工作ですか?」
『何言ってんだ。清宮芽依が卒業した高校を当たって、今どこの大学に行ってるのか割り出すんだ。そういうことを探るのが得意な奴に頼みのメールを打ってたんだよ』

冗談を装った沙耶の皮肉も国井には通じない。

『園長から聞き出せたのが卒業した高校だけだからな。まずは清宮芽依の現在の生活を調べる』

 機嫌の良い国井とは反対に沙耶は一気に気分が滅入ってきた。園長との対面で事件の真相を追及すべきではないと思えてきたのだ。

真実を知りたい想いと真実が誰かを傷付けることになるかもしれないという恐れ。その誰かが昔一緒に遊んだ女の子となれば……。

『そんな浮かない顔してるとせっかくの可愛い顔が台無しだぞ』

 国井が沙耶の顎を持ち上げる。煙草臭い息が顔にかかった。
ニヤリと笑う国井の乾燥した唇がついさっきまで自分の全身を這っていた。顎を持ち上げるこの指に、奥まで犯されて狂わされた。

「いつもこうやって女を口説いているんですね」
『好みの女限定でな』
「私は好みだったってことですか?」
『ああ。一目惚れだ』

 拒めないキスをされて沙耶は彼の身体に手を回す。二人はベッドに倒れ込んだ。
沙耶の中は国井を容易に受け入れ、そうしてまた一時の欲にまみれて呑まれて支配される。

 真実を追求することを止められないのはジャーナリストの性《サガ》か、それともこれが人間の性なのか。

彼女の口から甘ったるい声が漏れ出すと同時にベッドが軋んだ。
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