【Guilty secret】
12.恋に落ちる瞬間は?
 ヒグマ書店のバイトは火曜、水曜、金曜、土曜の週4日。火曜日の今日は午後5時からのシフトだ。

シフト表を見ると小池は早番。1時間だけ重なる勤務もバックヤードにいる小池とレジ担当の芽依は顔を合わせることもなくホッとしていた。

一応は友達から始める形で落ち着いたものの、小池の好意が消えたわけではない。小池には悪いが、今の芽依は彼のことを考えている余裕がなかった。

 午後の休み時間に先輩である浅丘美月からメールをもらい、構内で美月と会って話をした。昼休みに理江子が見掛けた女を美月も見掛けたらしい。
美月は女の名刺を持っていた。

 風見新社の記者と名乗る女は芽依に取材依頼をしに訪れたようだ。しかし社会部の記者が大学生に取材する意図を不審に思った美月は芽依に注意を促した。

彼女は芽依に詳しい事情を尋ねなかった。本来なら何か心当たりがあるか等、事情を詮索するはずなのに美月は何も聞かない。
気を付けてねと美月の優しい笑顔で言われるだけで救われる気持ちになった。

 不審な記者の存在の他にも芽依の心を掻き乱す存在がいる。日曜日の夕暮れの出会いと別れから心に疼《うず》く揺らぎ。
赤い太陽に照らされた忘れられないあの人の後ろ姿。

 店内の雑誌整理をしている時にふと、恋愛系マガジンの表紙が目に留まる。雑誌の表紙は人気俳優の一ノ瀬蓮。
彼は白のワイシャツを羽織り、アンニュイな表情で表紙を飾っている。

 三十代半ばを迎える一ノ瀬蓮は、2年前に女優の本庄玲夏と結婚した。当時は全国の一ノ瀬蓮ファンが悲痛な叫びをあげたと言うが結婚後も彼の人気は衰えず、今も映画やドラマの主演に引っ張りだこだ。

妻の本庄玲夏は一ノ瀬蓮の子どもを妊娠中。年内出産予定でこの前産休に入ったとネットのニュースで読んだ。

 芽依は表紙の一ノ瀬蓮ではなく、赤色の見出しに心を奪われた。

 ──〈あなたが恋に落ちる瞬間は?〉


見出しを見てまた心臓が締め付けられるように痛くなる。恋愛なんてしたくない、ずっとそう思ってきた。
恋愛をしてもきっと“同じこと”が繰り返される。

“佐久間芽依”が一番大好きだった“お兄ちゃん”とはサヨナラだから。ゆびきりげんまんの約束をしたから。

それなのに……。

(恋に落ちる瞬間……)

 夕暮れの公園で再び出会った赤木奏の顔が浮かぶ。やっと会えた大好きな“お兄ちゃん”。
憂いのある横顔も抱き付いた細身の身体から香る煙草の香りも昔と同じだった。

(これが……恋なの?)

心に沸き上がる想いを芽依は自覚した。
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