【Guilty secret】
13.三軒茶屋の喧騒で
「清宮芽依さんですよね?」

 21時にバイトを終えて従業員出口から外に出た芽依は女に呼び止められた。暗がりから現れた女が名刺を差し出す。

「風見新社の西崎と申します」
「学校で私のことを聞いて回っていたのはあなたですね?」

受け取った名刺の社名も記者の名前も美月が持っていた名刺と同じだった。

「ええ。無礼なことを致しました。申し訳ありません」
「私に何の用ですか?」
「弊社の雑誌で未解決事件の特集記事を組むことになりました。そこで嫌なことを思い出させてしまい恐縮ですが、ご両親の事件についてお話を……あっ……待って!」

 沙耶の話が終わらないうちに芽依は早足で歩き出す。沙耶は芽依を追いかけた。

「芽依ちゃん! 待って。私のこと覚えていない? 昔よく家の近くの公園で一緒に遊んだ沙耶よ」
「さや?」

歩みを止めた芽依は振り返った。彼女は追ってきた沙耶の顔をまじまじと見る。

「芽依ちゃんが小学生の時に私は高校生だったけど公園でお話したり、私の家で一緒に宿題やったことも思い出せない?」
「……沙耶お姉ちゃん?」
「そう! 思い出してくれて良かった。久しぶり」

 沙耶のことを思い出した芽依の表情がさらに曇る。事件から10年、あの時の佐久間芽依を知る人間とは誰とも会わずに生きてきたのに、どうして今になって赤木とも沙耶とも、10年前に関わりを持っていた人間と再会してしまうのか。

「沙耶お姉ちゃんなら当時の私よりも事件のこと詳しく知ってるでしょ? いくら沙耶お姉ちゃんの頼みでも事件の話はできない。したくない」
「芽依ちゃんお願い。最後まで話を聞いて。私が知りたいのは事件の後のことなのよ。事件の後、芽依ちゃんは1週間行方不明だったよね? 誰とどこにいたの?」

 その質問をすれば芽依の心を抉ることになる……芽依が一時預けられていた児童養護施設の長屋園長の危惧は間違いではなかった。

芽依は険しい形相で沙耶を睨み付けた。こんな風に芽依が沙耶に敵意を向けるのは初めてだ。

「みどり園の園長先生に会ってきた。芽依ちゃんが絵が上手なこと知らなかったよ。約束って題名がつけられた落ち葉の貼り絵、まだ玄関に飾ってあったよ」
「……それが何?」
「園長先生が仰っていたよ。芽依ちゃんはご両親とは別にして誰か大切な人がいるんじゃないかって。あの絵はその人との約束を描いたもの……違う?」
「だから何なの? それと両親が死んだこととは関係ないじゃない。もう放っておいてよっ……!」

大声を出した芽依に驚いた通行人が二人を遠巻きに眺めている。これ以上の詮索は今日は危ないと判断した沙耶は口調を和らげた。

「わかった。急にごめんね。でも何か話したくなったら名刺の番号にいつでも連絡してね。それとこれ、芽依ちゃんチョコチップ好きだったよね。よかったら食べてね」

 沙耶に無理やり押し付けられた紙袋にはチョコチップクッキーの箱が入っていた。
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