【Guilty secret】
 三軒茶屋の街は夜が近づくほどに陽気になる。世田谷通りや国道246号線沿いに建ち並ぶ笑い声の響く商業施設。
仕事帰りのサラリーマンやOL、学校帰りの学生が行き交うこの街は今夜も陽気だ。

 赤木奏が勤務するデザイン事務所 Fireworksのオフィスはそんな陽気な街の中の、喧騒を外れた住宅街にある。赤木は勤務を終えてオフィスを出た。

先週土曜にヒグマ書店で注文した美術書の入荷連絡はまだ来ていない。あそこの書店は芽依が働いている。
もしも芽依が大学に通っていれば昼間は不在だ。入荷連絡が来た場合は、平日昼間に引き取りに行けば芽依と会うこともないだろう。

 三軒茶屋駅に近付く道中で反対側からふらふらとした足取りの女と身体がぶつかった。暗くて顔はよく見えないが泣いているようだ。

「すみません……」

顔を上げて謝罪する女は涙を溜めた目で赤木を見上げる。

「赤木……さん?」

 雑踏の街で聞こえた声は日曜日の夕暮れに聞いたあの子の声。もう二度と会わないと決めていたのにやはりこれは運命か宿命か、それとも呪いか。

『芽依……』
「なんで……? また……?」

涙目で苦笑いする芽依に赤木は背を向けた。芽依は思わず赤木の腕を掴む。

「待って! 行かないで……」
『俺に話しかけるな。約束しただろ』

 冷たく突き放されても芽依は掴んだ彼の腕を離さない。10年前の約束を忘れてはいないが、沙耶のことは赤木に話さなければいけないことだ。

「さっき記者が来たの。10年前の話が聞きたいって、大学にもバイト先にも来て、それで……」

芽依の早口の説明を聞いて、先を行こうとする赤木の抵抗が止まる。彼は額に手を当てて溜息をついた。

『……ついて来い』

 肩を落とした赤木に連れられて、すぐ側の国道に面したカラオケ店に入った。30分のプランにして室内に入る。
赤木への感情が恋だと自覚した直後の二人きりの空間に芽依は落ち着かない。

彼はそんな芽依をよそに、彼女が渡した西崎沙耶の名刺を無表情に見下ろしていた。赤木にしてみれば、誰かに話を聞かれる恐れのない場所ならどこでもよかった。

 隣室からは時々音程がずれた流行りのJ-POPの歌声が響く。楽しく歌って過ごすカラオケ店の部屋で沈黙している者は芽依と赤木だけだろう。

『10年前の事件の特集ね。そんなもの書いたって何もならないのにな。しかもよりによってこの記者がお前の知り合いとは。取材は断ったんだろ?』
「もちろん断ったよ。だけど沙耶お姉ちゃんが知りたいのは事件の後に1週間、私がどうしていたかってことなの」
『……この名刺は俺が預かっておく』

彼は沙耶の名刺をジャケットの内ポケットに入れた。赤木が注文したホットコーヒーは一口も口をつけられず温度を下げていく。
< 37 / 118 >

この作品をシェア

pagetop