【Guilty secret】
 芽依のメロンソーダも中身はまったく減っていない。

『何を言われても取材は断り続けろ。お前は今の生活を守ることだけを考えるんだ。新しい親ができたんだろ?』
「……うん」
『新しい親は優しいか?』
「優しいよ。“お母さん”の肉じゃがはとっても美味しくて、“お父さん”はジグソーパズルにハマってて……」
『そうか。良かったな』

 赤木の抑揚のない口調は聞く人間によっては感情がこめられていないように聞こえる。だけど芽依にはわかる。

良かったなと言った彼の言葉には安堵と優しさの感情があった。彼のこの優しさが大好きだ。
10年経った今でも大好きだ。

「赤木さんはどうして三軒茶屋に居たの?」
『先月から職場が三茶に移転した』
「そうなんだ。それでうちの本屋に来たんだね」
『あの本屋が職場に一番近いからな。お前が働いてるなら行くんじゃなかった』

どんなに優しい言葉をかけられても最後は冷たく突き放される。それが約束だから?

『出るぞ。今度俺を見掛けても話かけるなよ。それが芽依のためだ』

 扉の取っ手を掴む赤木の背中に芽依はしがみついた。

「ここなら誰も見てないから。もう少しだけ一緒にいたい」
『帰り遅くなると親が心配するだろ』
「後でメールするもん」

扉の手前で立ち止まる二人。誰にも見られない秘密の空間で今だけは10年前の約束を破ってしまいたい。
背中越しに感じる芽依の存在に赤木は微笑した。

『変わらないな。昔も俺が出掛けようとすると、こうやって背中に抱き付いて駄々こねてきた。芽依の駄々っ子ぶりには参ったよ』
「だって置いていかれるのが寂しくて。私には赤木さんしかいなかったの」

涙で滲む目元を彼の背に伏せた。赤木の腰に回された芽依の両手に温かい手が添えられる。

『今のお前には新しい親がいる。もう俺は必要ない。保護者のお役御免だ』
「そんなことない。そんなことないんだよ……」

 芽依の手が赤木のシャツを握った。どこにも行かないでと指先に想いをこめても彼には届かない。

「また会えて嬉しかった。10年間ずっと“お兄ちゃん”を忘れた日はなかったよ。お兄ちゃんどうしてるかな、元気かなっていつも考えてて、この夕焼け空もどこかで見てるかなって空見て思ったり……ずっと会いたかった。私は……赤木さんが好きなの。好き……」

これが運命ならば
これが宿命ならば
これが呪いならば
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