【Guilty secret】
 午後9時。勤務を終えた芽依は、更衣室に置いた荷物から携帯電話を取り出した。メール受信のランプが光っている。
大学の友人の夕美からだった。明日の夜にある合コンの人数合わせのお誘いメールだ。

 明日は土曜日で本屋のバイトも夕方まで。バイトの後は特に予定はなく、合コンに行けないこともない。

(合コンって彼氏欲しい人が行くものでしょ。私は彼氏いらないし……)

 正直なところ気が進まない。大学に入ってからは人付き合いで多少は合コンと呼ばれる集まりに参加したことはあるが、あのイベントは芽依にはつまらないものだった。

 メールの返信を考えあぐねながら着替えをして更衣室を出る。休憩時間に入った小池と廊下ですれ違った。

「お先に失礼します」
『お疲れ様。あっ……あのさ、清宮さん明日早番だよね。仕事終わりに予定ある?』
「明日は合コンに誘われていて……」

 芽依の答えを聞いた小池は残念そうに肩を落とす。

『そっか。合コン行くの?』
「元々参加の予定はなくて、人数合わせなのでどうしようか迷っています」
『へぇ。清宮さん彼氏は?』
「彼氏がいたら合コンなんて行きませんよー」

 狭い廊下でいつまでも立ち話はできない。二人は休憩室に入った。

「明日何かあるんですか?」
『清宮さんが観たいって言ってた映画の優待券貰ったんだ。だから一緒にどうかなって』
「もしかして〈ラストオータム?〉」

 芽依は映画を観るのが好きだ。映画館に行き、映画のストーリーに浸ることが彼女の趣味でもある。
 ラストオータムは今週公開したイギリス制作の洋画。観たいと思っていた映画だった。

『それそれ。でも明日は無理だよね』
「行きます行きます! 合コン断ります」
『え? いいの?』
「行きたくない合コンよりも観たい映画をとります」

 夕美には悪いが、せっかくの土曜の夜は好きなことに使いたい。小池が微笑した。

『じゃあ明日、俺も早番だから仕事の後に観に行こうか』
「楽しみにしています」

 小池に会釈してヒグマ書店を後にする。秋の夜風が吹きすさんで芽依のミディアムヘアーを掻き乱した。
三軒茶屋駅に向かう道中で夕美には明日の合コンは予定があり不参加のメールを返した。風に流れて芽依の溜息が消える。

(合コン断るために小池さんを利用してるみたいでなんか嫌だな……)

 小池から向けられる好意に気づかないほど鈍感ではない。小池は新人の芽依の指導係。

仕事は丁寧に教えてくれ、休憩中の雑談も楽しい。映画好きな小池とは映画の話題でよく話が盛り上がった。

 小池に対する印象はバイト先の良い先輩。一緒にいるのも苦ではない。
食事や映画くらいなら二人で休日に会ってもいいと思える。だが男女の仲はそれだけで終わらない。

恋愛なんかしたくなかった。
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