【Guilty secret】
14.回顧と懐古
10月12日(Wed)午前9時

 風見新社 社会部副編集長の国井龍一は警視庁のロビーである人物を待っていた。
目的の人物が腹部に片手を当てて歩いてくる。どちらかと言えばスレンダーなイメージの彼女の膨らんだ下腹部はどうにも見慣れない。

「私に何の用?」

今日の小山真紀は機嫌が悪そうだ。口元をヘの字にして眉間にもシワが寄る。国井と会う時の真紀は大抵不機嫌な顔をしていた。

どんなに真紀に不機嫌な顔をされても、国井はヘラヘラとした胡散臭い笑顔を崩さない。

『聞きましたよー。おめでただそうで。何ヶ月ですか?』
「6ヶ月。妊娠中で今は捜査に参加していないから、私を追いかけてもネタは出てこないわよ」
『いえいえ。今日お伺いしたのは懐妊祝いをお届けしたくて。つまらない物ですがお受け取りください』

 手に提げていた紙袋を真紀に押し付ける。袋を受け取った真紀は中に入っていた茶菓子の箱を隅々まで調べていた。

『そんなに熱心に調べなくても大丈夫ですよ? そんなものに盗聴器は仕掛けられません』
「あなたのことだからネタを獲るためなら何をするかわからないもの。で? ただこれを届けに来たわけではないでしょう。むしろ懐妊祝いなんて口実。早く本題を言いなさい」

真紀は茶菓子の箱を袋に戻して国井を睨み付けた。国井が指をパチンと鳴らして笑う。

『さすが小山さんだ。うんうん、朝から頭のいい美人と話せると気分がいいですね』
「早くして。私も暇じゃないの」
『そうカッカしてるとお腹の子に悪影響ですよ。10年前、小山さんが小平警察署の生活安全課にいた頃に起きた佐久間社長夫妻の殺人事件について話を聞かせてください』
「10年前の……?」

 動揺を顔には出さないよう努めたが、倉持警部と昨日その事件の話をしたばかりだった。
真紀の内心の動揺を知ってか知らずか、口元を斜めにした国井は分厚いファイルの付箋を貼ったページを開いた。

『10年前のこの事件、覚えていますか?』
「ええ。……っていうか、どうして私が小平署の生活安全課にいたことをあなたが知っているの?」

付箋のページには10年前に小平市で起きた佐久間社長夫妻殺人事件の記事がスクラップしてある。

『こちらにもツテがありまして。小山さんが警視庁配属になる前の部署がどこだったか調べるのは朝飯前です』
「はぁ。そうですか。それでこの事件が何?」
『弊社で未解決事件の特集記事を組むことになり、この事件も特集対象に入りました。捜査本部が置かれていた小平署にいた小山さんに当時の話が伺えたらと』

 数秒、記事のスクラップに目を通した彼女はファイルを国井に突っ返す。記事には捜査資料を読めばわかることが羅列してあるだけだ。

「あなたも知っての通り、当時の私は生活安全課にいて殺人事件の担当はしていないの。話せることは何もない。以上。早く帰ってください」
『まぁまぁ話は最後まで聞きましょうよ。俺が特集記事の目玉にしたいのは事件そのものよりも、事件後に1週間行方不明になった娘の方なんです』

 国井の口調は低姿勢で穏やか。しかし目には鋭い光が宿っている。どこまでも非常識でジャーナリズムの塊のような男だ。
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