【Guilty secret】
 浅丘美月は煉瓦作りのモダンな建物の扉を押し開けた。扉に取り付けられた鈴の音が可愛らしく響いて、愛想のいい女性店員に出迎えられる。
ジャズ音楽が流れる店内にはコーヒーの香りが漂っていた。

 待ち合わせの相手は奥の席にいた。今年の正月に母方の実家がある静岡に帰省した時、ちょうど彼も家族を連れて帰省中だった。
彼と会うのはその時以来だ。

「おじさま、お忙しいのにごめんなさい」
『いいんだよ。美月ちゃんとお茶できるならどんなに忙しくても予定を空けるさ』

 福山信雄は快活に笑う。彼は美月の母方の叔父である沖田幸次郎の学生時代からの友人。幼い頃から家族ぐるみで親交のある人物だ。

明鏡大学に現れた西崎沙耶の取材の目的が気になった美月は、大手出版社の並木出版に勤める福山に相談した。

『頼まれた件だけど、風見新社の知り合いにそれとなく探りを入れてみたよ』
「何かわかりましたか?」
『うん。風見新社の社会部では近々未解決事件の特集を組むらしい』
「未解決事件?」
『犯人が捕まらないまま未解決になっている事件のことだよ。西崎沙耶の担当は10年前に起きたこの殺人事件だ』

 福山はパソコンからプリントアウトした資料を美月の前に並べた。美月は資料を手に取って視線を走らせる。

『2001年に小平市で起きた社長夫妻の殺人事件。夫妻の一人娘が事件直後から1週間行方不明になっていた』
「この事件、テレビで観たことあります。当時は小学生だったのでうろ覚えなんですけど……」

 美月が眺めているのは新聞記事だ。社長夫妻殺人事件と大きな見出しの下には娘が行方不明、誘拐か? とサブタイトルもつけられている。

被害者は会社経営の佐久間晋一と妻の聡子。事件後から行方不明になっている長女の佐久間芽依は事件から1週間後に保護された。

「佐久間芽依? ……名前が芽依って……」
『西崎沙耶が美月ちゃんの後輩に接触しようとしていたことを考えると、その子が10年前の佐久間芽依だろうね』
「でも今は苗字が違います。……まさか養子?」
『両親が揃って殺されているからね。どこかの家の養女になっていてもおかしくはないよ』

 店員が美月の注文したカフェオレをテーブルに置く。温かいカフェオレが喉を通ると、動揺していた心も冷静さを取り戻した。
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