【Guilty secret】
15.悪夢は赤い落ち葉のように
17時、風見新社。未解決事件とは別件の取材で外出していた西崎沙耶が帰社すると、社会部のフロアは仕事に追われる社員達の熱気と狂気で殺伐としていた。
『まーた副編の携帯繋がらない。どこ行ってるんだ?』
「国井さんとまだ連絡つきませんか?」
『そうなんだよ。しかも今日は朝から出社してない。副編のチェック待ちが山ほどあるんだけどなぁ』
受話器を乱暴に戻して同僚は頭を抱えた。
沙耶も昨夜から何度も国井と連絡を取ろうと試みているが留守電に接続されてしまい、留守電にメッセージを残しても折り返しの連絡もない。
『西崎ちゃん何か事情知らない? 最近特集のことで副編と話し込んでいただろ?』
「特集のこと以外は特には……」
彼女はそこでひとつ思い当たった。国井の様子に変化が見られたのはあの時だ。
明鏡大学で出会った浅丘美月の話をした時、国井の瞳が鋭く光った気がした。
(浅丘美月……あの子に何かあるの?)
不在の国井のデスクは国井宛ての連絡事項のメモや郵便物で埋め尽くされていた。
*
夜の秋風が激しく吹いて木々をざわめかせる。深夜2時を過ぎた国道の片隅で国井龍一はスマートフォンを手にして煙草をくゆらせていた。
『佐藤瞬か……。これは久々に燃えるな』
だらしない口元から紫煙を吐き出して彼は不気味に笑っていた。
*
10月13日(Thu)
目を開けた芽依は汗の滲む額に触れる。嫌な夢を見てうなされていたみたいだ。
「またあの夢……」
どこを見ても赤い世界しかない夢を今夜も見た。赤い落ち葉が舞い散る中でゼンマイの切れた動かない人形がふたつ、赤い水溜まりに沈んでいる夢。
夢の中ではいつもあの物悲しい童謡が流れている。
胸に手を当てると心臓の動きが速い。ベッド脇の間接照明をつけて携帯電話を開く。午前3時、まだ真夜中だ。
一度目覚めると眠気はどこかに去り、目が冴えてしまった。大学の講義は二限から。10時までに学校に行けば間に合う。
少しくらい夜に眠れなくても、朝ゆっくりできる時間はある。
今夜は肌寒い。風も強く、嵐のような風が窓に打ち付けている。パジャマの上にカーディガンを羽織って芽依は自室を出た。
平屋の清宮邸ではキッチンも居間も、芽依の自室も両親の自室も同じ一階にある。就寝中の両親の部屋の前を静かに通ってキッチンに入った。
眠れない夜に彼女はよくホットココアを作る。レンジで作れるホットココアは10年前に“お兄ちゃん”だった赤木奏が作ってくれた飲み物だ。
ホットココアのマグカップを持って再び自室へ。ヘッドホンをして好きな映画のサウンドトラックを聴きながらココアを飲んで体を暖めた。
(赤木さんとはもう会えないのかな)
会えたとしても彼はきっと背を向けて遠くに行ってしまう。約束したから側にはいてくれない。
好きなのに会えない。好きなのに好意を受け入れてもらえない。
サウンドトラック全曲の3分の1を聴き終えたところで芽依はCDを切った。ベッドに寝そべって暗い天井を見つめていると、天井に一瞬だけ夢で見た真っ赤なもみじの幻影が映った。
「あの夢……なんだろう」
昔から精神が不安定になると現れる赤い夢。その夢を見た日は必ずうなされて起きる。
赤い落ち葉は赤木との思い出なのに、夢の中で舞う赤い落ち葉には恐怖を感じた。いつもの童謡の歌詞を口ずさみ、彼女は眠れぬ瞼を無理やり下ろした。
『まーた副編の携帯繋がらない。どこ行ってるんだ?』
「国井さんとまだ連絡つきませんか?」
『そうなんだよ。しかも今日は朝から出社してない。副編のチェック待ちが山ほどあるんだけどなぁ』
受話器を乱暴に戻して同僚は頭を抱えた。
沙耶も昨夜から何度も国井と連絡を取ろうと試みているが留守電に接続されてしまい、留守電にメッセージを残しても折り返しの連絡もない。
『西崎ちゃん何か事情知らない? 最近特集のことで副編と話し込んでいただろ?』
「特集のこと以外は特には……」
彼女はそこでひとつ思い当たった。国井の様子に変化が見られたのはあの時だ。
明鏡大学で出会った浅丘美月の話をした時、国井の瞳が鋭く光った気がした。
(浅丘美月……あの子に何かあるの?)
不在の国井のデスクは国井宛ての連絡事項のメモや郵便物で埋め尽くされていた。
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夜の秋風が激しく吹いて木々をざわめかせる。深夜2時を過ぎた国道の片隅で国井龍一はスマートフォンを手にして煙草をくゆらせていた。
『佐藤瞬か……。これは久々に燃えるな』
だらしない口元から紫煙を吐き出して彼は不気味に笑っていた。
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10月13日(Thu)
目を開けた芽依は汗の滲む額に触れる。嫌な夢を見てうなされていたみたいだ。
「またあの夢……」
どこを見ても赤い世界しかない夢を今夜も見た。赤い落ち葉が舞い散る中でゼンマイの切れた動かない人形がふたつ、赤い水溜まりに沈んでいる夢。
夢の中ではいつもあの物悲しい童謡が流れている。
胸に手を当てると心臓の動きが速い。ベッド脇の間接照明をつけて携帯電話を開く。午前3時、まだ真夜中だ。
一度目覚めると眠気はどこかに去り、目が冴えてしまった。大学の講義は二限から。10時までに学校に行けば間に合う。
少しくらい夜に眠れなくても、朝ゆっくりできる時間はある。
今夜は肌寒い。風も強く、嵐のような風が窓に打ち付けている。パジャマの上にカーディガンを羽織って芽依は自室を出た。
平屋の清宮邸ではキッチンも居間も、芽依の自室も両親の自室も同じ一階にある。就寝中の両親の部屋の前を静かに通ってキッチンに入った。
眠れない夜に彼女はよくホットココアを作る。レンジで作れるホットココアは10年前に“お兄ちゃん”だった赤木奏が作ってくれた飲み物だ。
ホットココアのマグカップを持って再び自室へ。ヘッドホンをして好きな映画のサウンドトラックを聴きながらココアを飲んで体を暖めた。
(赤木さんとはもう会えないのかな)
会えたとしても彼はきっと背を向けて遠くに行ってしまう。約束したから側にはいてくれない。
好きなのに会えない。好きなのに好意を受け入れてもらえない。
サウンドトラック全曲の3分の1を聴き終えたところで芽依はCDを切った。ベッドに寝そべって暗い天井を見つめていると、天井に一瞬だけ夢で見た真っ赤なもみじの幻影が映った。
「あの夢……なんだろう」
昔から精神が不安定になると現れる赤い夢。その夢を見た日は必ずうなされて起きる。
赤い落ち葉は赤木との思い出なのに、夢の中で舞う赤い落ち葉には恐怖を感じた。いつもの童謡の歌詞を口ずさみ、彼女は眠れぬ瞼を無理やり下ろした。