【Guilty secret】
 佐久間芽依が事件以前から通っていた小学校の同級生の家を訪ねる。応対に出た母親が部屋から娘を呼んできてくれた。

芽依と同い年で今年20歳のこの家の娘は、母親が言うには受験に失敗した浪人生のようで、勉強の邪魔をされて機嫌は良くなかった。
彼女は面倒くさそうに真紀の質問に答える。


 ──小学校で同じクラスだった佐久間芽依を覚えている?

 ──「佐久間芽依? ……ああ、親が殺されちゃった子ですよね。えっと、小3と小4の時に同じクラスだったような……。あの子、事件の後で転校しちゃいましたけど」


 ──芽依とは親しかった?

 ──「別にそれほど……ただのクラスメートです。どんな子かって言われても、普通ですよ。いじめられてもなかったし、それなりに友達はいたと思います。成績? まぁ……親が金持ちで塾に沢山行ってたみたいだから成績は良かったんじゃないですか?」


 ──芽依に関して印象に残っていることは?

 ──「仲良くもなかったし……。あ、でも絵がめちゃくちゃ上手かった。小4の春の写生大会で描いた絵がびっくりするくらい上手くて、校長先生が気に入って校長室に飾っていたんですよ。何て言うか……あれは小学生の描く絵を越えてた」


 芽依に絵心があったことも10年前の証言にはなかった。これも新情報だ。

 その家の三つ隣の家には西崎の表札がかかっていた。西崎家の娘の沙耶は事件当時は高校生だったが、芽依と親しかったと捜査資料にも記録がある。

西崎沙耶の母親はペラペラとよく喋る婦人だった。


 ──「警察の人? 佐久間さんの事件を調べている? あらまぁ、偶然ねぇ。最近うちの娘も佐久間さんの事件のことを私に聞いてきたのよ。娘は記者やっているんだけどね、風見新社、わかるかしら? あそこの何て言ったかなぁ、小難しい記事を書く部署にいるんですよ。事件の特集で佐久間さんの事件を担当することになって、芽依ちゃんに話を聞きたいから、芽依ちゃんが預けられた施設を教えろってもう朝の5時に電話がかかってきたのよぉ」

 風見新社の名前に真紀と矢野は目配せする。二人にとって思わぬ収穫だ。
話好きの西崎婦人の話は脱線を繰り返して、娘の結婚や孫の顔を早く見たいだのと、事件と関係のない世間話まで語り出した。

 お喋りな西崎婦人に解放されたのは西崎邸訪問から約20分後だった。矢野の車が小平市の住宅街を抜ける。

「あの西崎って家の娘が国井の部下ってことね」
『お喋りなオバチャンで助かったな。でも関係ない話まで喋ってくれてこっちはうんざりだよ。オバチャンにパワー吸いとられた……』

 これから向かう場所は10年前に佐久間芽依の担任をしていた女性教諭が勤務する小学校だ。当時三十代だった担任教師は、今は10年前とは別の小平市内の小学校に勤務している。

「西崎沙耶の動きよりも、私が気がかりなのは上司の国井。国井の狙いは貴嶋と美月ちゃんだから」
『浅丘美月か。まさかこんなところでまたあの子の名前を聞くとはねぇ。佐久間芽依……いや、清宮芽依の先輩か』

大学や中学、高校が集まる地帯を通り過ぎる。あの大きな建物は日本美術大学の建物だ。

「本当に何かの巡り合わせね。上野警部から聞いたんだけど美月ちゃん、大学卒業後に木村隼人と結婚するそうよ。あの子のこれからの人生に、貴嶋やカオスなんて血なまぐさいものとは無縁でいてほしい。国井には絶対に美月ちゃんに手出しはさせない」

 浅丘美月とは不思議な縁で繋がっている。不思議な縁で結ばれた少女は高校生から大学生になり、また人生の新たな一歩を進む。

どうか彼女の笑顔がいつまでも絶えることのないように。それが真紀と矢野の願いだった。
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