【Guilty secret】
「刑事さん……。実はずっと気になっていることがあるんです」
「なんでもお話になってください」
「……芽依ちゃんはご両親のことがあまり好きではなかったのかもしれません」

 朝井の告白はここを訪れる前に真紀が思い至った嫌な想像を裏付けるものだった。

「事件とは無関係だと思って10年過ごしてきました。だから当時も警察にお話してはいません。でも10年経っても、私の中のモヤッとしたものが消えないままで」
「先生が芽依ちゃんがご両親を好きではないと思うのには、何か具体的な出来事があったんですか?」
「具体的……とまではいきませんが、4年生の授業参観の時の話です。他の子達はお父さんやお母さんが教室に授業を見に来ると手を振ったり笑いかけたり、照れ臭くてそわそわしてしまう生徒が多いんです。だけど芽依ちゃんは、お母様が授業参観に来られても他の子みたいにそわそわしたり、恥ずかしがったりする素振りもなく、お母様の方を見ることもありませんでした。そういった浮わついたことをしないようにと厳しく教育されていたのかもしれませんが、芽依ちゃんはいつもどこか冷めていました」

 “冷めていた” その言葉通り、写真に写る佐久間芽依は冷たい瞳をしていた。少女の瞳からは何の感情も感じられなかった。

 教育熱心な母親、実業家の父親。礼儀正しく勤勉な一人娘。

経済的に裕福な生活をしていた佐久間一家の今まで表面的に見えていたものが、もしもすべて偽りだったとすればそこにはどんな結末が待っている?

どう考えればいい?
この感情はどう処理すればいい?

 小学校を辞した真紀は頭の中で情報を整理しながら矢野が待つ車に戻った。真紀は車に戻っても一言も話さない。
彼女は青ざめた顔で溜息をついた。

『どうした? 気分悪い?』
「ちょっと混乱してて……。何をどう考えたらいいか、わからなくなってきちゃった」

ブランケット越しに腹部の膨らみに触れる。今の真紀はここに宿る命に会えることを楽しみに日々を生きている。
それが当たり前だと思っていた。

「家族って何だろうね。人と人が愛し合って結婚して、子どもが産まれて、家族ってそうやって築いていくものなのに……」

 真紀は矢野の腕の中に飛び込んだ。この腕の中だけが彼女が強がりの鎧を脱げる場所。
矢野は優しく真紀を抱き締める。

『子どもが関わってる事件は気が滅入るよな』
「本当にそう。何が正しくて何が間違っているのかな。……もうわからない」

理由のわからない涙が一筋、真紀の頬を流れた。涙……そうだ、こうなると10年前の殺人現場に残されていた芽依の涙の意味もわからなくなってくる。

『頭がパンクしてるこんな時は、なんでも話を聞いてくれる素敵な紳士に会いに行こう』
「素敵な紳士?」
『素敵な素敵な元刑事の探偵さん。さっき電話したら、ちょうど事務所帰って来たとこだって。会いに行っちゃう?』

 矢野は手に持つスマホを軽く振って白い歯を見せて笑った。誰のことを指すのか気付いた真紀も涙を拭って口元を緩めた。
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