【Guilty secret】
19.探偵の推理
 スーツ姿の彼からほのかに甘い匂いが漂ってきた。かつてのこの男からは決して感じたことがない、懐かしく優しい香りだった。

「早河さん、もしかしてここに戻る前に家に寄りました?」

 ここは新宿区四谷の早河探偵事務所。小山真紀はソファーに腰を降ろして事務所の主の名を呼んだ。

早河探偵事務所の所長、早河仁はデスクのリクライニングチェアーから真紀を見据える。

『寄ったけどなんでわかった?』
「早河さんからベビーパウダーっぽい甘い匂いがしたので」
『ああ……家帰って真愛《まな》のオムツ替えた時に使ったからかな』

 早河はスーツの袖口を鼻に近付けて匂いを嗅いでいる。
今年3月に早河には娘が誕生した。早河の妻であり、彼の助手としてここに勤務していたなぎさは育児休暇中だ。

昔に比べて早河の纏う空気が柔らかくなったと感じるのは、彼が結婚して父親になったからだろう。

『あの早河さんが娘のオムツ替えしてるんだもんな。想像できねぇ』
『お前も来年にはやることになるんだよ』

 デスクまで湯呑みを持ってきた矢野一輝を早河が小突く。父親になった早河と間もなく父親になる矢野だが、この二人がじゃれあう様子はいつ見ても男子高校生のノリだ。

妊娠中の真紀はホットのゆず茶、早河と矢野は妊娠してコーヒーの匂いが無理になった真紀に配慮して、コーヒーではなく日本茶を淹れて本日の会議はスタートした。

 真紀が語る10年前の小平市社長夫妻未解決殺人事件の概要と、再捜査で掴んだ情報に早河は無言で耳を傾けていた。

佐久間邸の勝手口の鍵が開いていたこと、佐久間芽依が両親を好いてはいなかったかもしれないこと、子ども用雨ガッパの用意が佐久間家になかったことまで話終えて、真紀は一息ついた。

 早河は捜査資料に目を通す。本来は警察関係者以外に捜査資料を見せてはいけない。

だが早河は犯罪組織カオス壊滅の立て役者であり、元刑事。早河の協力は真紀の上司の上野警部と警察庁幹部も公認のこと。

『現場に残されていたゲソ痕は27㎝。明らかに成長期は越えている人間の足跡だ』
「はい。だから犯人は大人と考えることが妥当だとは思うんですけど……」
『結論を言えば、小山は娘が両親を殺害したと考えたんだろう?』

早河は真紀の嫌な想像を的確に言い当てた。真紀は首肯する。
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