【Guilty secret】
20.亡霊は再び
※『“ ”』は中国語、『 』は日本語
関連作品…短編集【masquerade】より、【story4.Blue moon】

        *


 中華人民共和国、南京《なんきん》市の高級料理店の個室席でスーツ姿の男達が会食をしている。交わされる言語は中国語と英語。

円形のテーブルを囲む男達の中でただひとり、アジア系であっても中華民族とは顔立ちの異なる異質な雰囲気の男がいた。スーツのポケットに入る男のスマートフォンが鳴る。

『“電話だ。少し席を外す”』

 彼はテーブルに集う者達に中国語で伝えて席を立った。人気《ひとけ》のない通路の隅でスマホを耳に当てる。
日本にいる部下からの電話だった。

{会食中に申し訳ありません}
『急用か?』

 通話相手にボスと呼ばれた男は滑らかな発音の日本語で返す。日本語の発音に慣れているのは当然だ。
彼は中国人ではなく、日本人なのだから。

{カオスとボスのことを嗅ぎ回っているジャーナリストの情報を獲ました}
『身元は?』
{風見新社の国井龍一です}
『風見新社の国井……あいつか。また何か企んでいるのかな』

 国井の名に心当たりのある彼は軽く嘲笑した。中国人のボーイが料理を積んだワゴンを押して歩いてくる。

彼は壁にもたれて狭い通路の道を空けた。ボーイが目の前を通り過ぎる。

{どうやらボスの情報が国井に漏れたようです。ボスの情報の出所は、以前うちが潰した若松会の残党でした。そいつらはすでに捕らえてます}
『残党の始末は任せる。問題は国井か……。俺の情報が国井に渡ったとなると厄介だな。奴は金になることならなんでも記事にする男だ』
{それが国井が探っているのはボスとカオスのことだけではなく……}
『他にも何かあったか?』

珍しく口ごもる部下を彼は促す。

{国井は浅丘美月についても調べているようです}

 数秒間、彼は声が出せなかった。
浅丘美月……何年経っても思い出せる彼女の笑顔、声、香り。

彼がその昔、まだ堅気《かたぎ》の名を名乗っていた頃に、最後に愛した最愛の女性。

{国井の部下が取材で浅丘美月の後輩に接触しています。おそらくその関係で彼女の存在を突き止めたのだと……}
『……日浦《ひうら》』

彼は部下の名前を呼んだ。日本にいる日浦が『はい』と返事をした。
腕時計の文字盤に視線を落とす。中国の現在時刻は15時、会食の終了予定は1時間後の16時。

『今夜中に日本に戻る。チケットの手配と、俺が戻るまでの間の国井のマークを頼む。動きがあれば俺に知らせるように』
{わかりました}
『もし国井が俺の帰国前に美月に接触するようなことがあれば……俺の到着を待たずに国井を始末しても構わない。国井と美月は絶対に関わらせるな。いいな?』

 日浦に言い含めて、彼は通話の切れたスマートフォンをポケットに収めた。
< 63 / 118 >

この作品をシェア

pagetop