【Guilty secret】
21.青と赤の中間
定時上がりでデザイン事務所を出た赤木奏は、三軒茶屋駅に向かう途中で人だかりに出くわした。
道の反対側の横断歩道の手前で数人が身を屈めて集まっている。大丈夫? 歩ける? と声が聞こえた。
面倒事には巻き込まれたくない。仮に急病人がいたとしてもあれだけ人が集まっているなら、自分に面倒が降り掛かる心配はない。
彼は青信号になった横断歩道を進む。あちらに近付くにつれて、人だかりの様子も鮮明になった。どうやら急病人は若い女だ。
胸を押さえてしゃがみこむ女の子の横に二人の中年女性と制服姿の警察官がいた。
白と黒のボーダーの道を渡った赤木が間もなく歩道に到着する頃に、女の子が顔を上げる。
横断歩道の信号機がチカチカと点滅を繰り返す。青から赤に変わる間の点滅は彼の迷いの時間。
進めの青と止まれの赤の中間はなぁに?
*
「救急車呼ぶ?」
中年女性が芽依の肩に優しく触れた。
芽依は無言で首を横に振り続ける。救急車なんて呼ばれたら清宮の親に連絡が行ってしまう。それだけは避けたかった。
目眩を起こして横断歩道の手前でうずくまる芽依の周りには、いつの間にか沢山の人が集まっていた。誰が呼んだか知らないが警官まで来ている。
ほうっておいて欲しかった。お願いだから構わないで、見て見ぬフリをして欲しい。
優しい人はたまに鬱陶しい。優しくしてくれない方が楽な時もある。
人の善意が今の芽依には煩《わずら》わしかった。
『交番まで歩けるかな?』
警官が芽依を立ち上がらせようと彼女の腕を掴むが、芽依は足に力が入らない。これはいよいよ救急車を呼ぼう……そんな呟きが聞こえてきても芽依は必死で首を横に振り続けた。
また何度目かの青信号になって向こう側の歩道から人がどんどん流れてくる。
『芽依……!』
雑踏の中で、あの人の声が聞こえた気がした。幻聴? 幻影? 幻覚?
目の前に現れた赤木奏の腕の中に芽依の身体はすっぽり収まった。
『こんなところで何やってるんだ!』
赤木に抱き締められて胸の奥がぎゅっと切なくなる。彼の腕の中は昔と変わらない、芽依が穏やかな安らぎを感じられる居場所だ。
あれだけ苦しかった呼吸も次第に楽になってくる。
『この子の知り合いですか?』
赤木の出現に戸惑う警官に問われて彼は頷いた。
『兄です。妹は喘息持ちで……ご迷惑おかけしました』
赤木の咄嗟の嘘に騙された警官や周りの人間がその場を散り散りに立ち去る。最後まで芽依の様子を心配していた二人の中年女性も「お大事にね」と言葉を残して横断歩道を渡って行った。
『立てるか?』
赤木が芽依の身体を支えて立ち上がらせる。芽依は赤木の胸元に顔を伏せた。
道の反対側の横断歩道の手前で数人が身を屈めて集まっている。大丈夫? 歩ける? と声が聞こえた。
面倒事には巻き込まれたくない。仮に急病人がいたとしてもあれだけ人が集まっているなら、自分に面倒が降り掛かる心配はない。
彼は青信号になった横断歩道を進む。あちらに近付くにつれて、人だかりの様子も鮮明になった。どうやら急病人は若い女だ。
胸を押さえてしゃがみこむ女の子の横に二人の中年女性と制服姿の警察官がいた。
白と黒のボーダーの道を渡った赤木が間もなく歩道に到着する頃に、女の子が顔を上げる。
横断歩道の信号機がチカチカと点滅を繰り返す。青から赤に変わる間の点滅は彼の迷いの時間。
進めの青と止まれの赤の中間はなぁに?
*
「救急車呼ぶ?」
中年女性が芽依の肩に優しく触れた。
芽依は無言で首を横に振り続ける。救急車なんて呼ばれたら清宮の親に連絡が行ってしまう。それだけは避けたかった。
目眩を起こして横断歩道の手前でうずくまる芽依の周りには、いつの間にか沢山の人が集まっていた。誰が呼んだか知らないが警官まで来ている。
ほうっておいて欲しかった。お願いだから構わないで、見て見ぬフリをして欲しい。
優しい人はたまに鬱陶しい。優しくしてくれない方が楽な時もある。
人の善意が今の芽依には煩《わずら》わしかった。
『交番まで歩けるかな?』
警官が芽依を立ち上がらせようと彼女の腕を掴むが、芽依は足に力が入らない。これはいよいよ救急車を呼ぼう……そんな呟きが聞こえてきても芽依は必死で首を横に振り続けた。
また何度目かの青信号になって向こう側の歩道から人がどんどん流れてくる。
『芽依……!』
雑踏の中で、あの人の声が聞こえた気がした。幻聴? 幻影? 幻覚?
目の前に現れた赤木奏の腕の中に芽依の身体はすっぽり収まった。
『こんなところで何やってるんだ!』
赤木に抱き締められて胸の奥がぎゅっと切なくなる。彼の腕の中は昔と変わらない、芽依が穏やかな安らぎを感じられる居場所だ。
あれだけ苦しかった呼吸も次第に楽になってくる。
『この子の知り合いですか?』
赤木の出現に戸惑う警官に問われて彼は頷いた。
『兄です。妹は喘息持ちで……ご迷惑おかけしました』
赤木の咄嗟の嘘に騙された警官や周りの人間がその場を散り散りに立ち去る。最後まで芽依の様子を心配していた二人の中年女性も「お大事にね」と言葉を残して横断歩道を渡って行った。
『立てるか?』
赤木が芽依の身体を支えて立ち上がらせる。芽依は赤木の胸元に顔を伏せた。