【Guilty secret】
23.デスマスク
10月14日(Fri)午前4時

 空も人も静かな眠りの最中のこの時間に国井龍一は港区にある日の出埠頭の倉庫街に車を停めた。

指定された倉庫番号の倉庫を見つけて中に入る。薄暗い倉庫に人気《ひとけ》はなかった。

『おーい。いるのかぁ? 約束通り来てやったぞ』

国井の声が倉庫内に反響する。無人の埃っぽい倉庫の中で彼に答える声はどこからも聞こえない。

『なんだよガセか。せっかく来てやったのに無駄なことさせやがって』

 ぶつくさと舌打ちして踵を返した国井は、入り口に男が立っていることに気付いた。国井があっ……と声を漏らす。

暗闇に目が慣れた頃に男が倉庫内に入ってきた。眼鏡をかけた背の高い男だ。

『どうも。お噂はかねがね伺っておりますよ。国井副編集長』
『じゃあお前が俺をここに呼び出した……佐藤……』
『ええ。今さら隠し立てする必要もありませんね』

佐藤瞬は国井の側を通り過ぎて倉庫の中央まで歩いた。国井は驚愕の表情のまま鼻で笑った。

『大スクープだな。まさかあんた本人が来るとは。せいぜい部下か影武者でもよこすかと思ってた』

 彼はスマートフォンをタップして、あるルートから入手した佐藤瞬の顔写真とそこにいる男を見比べる。スマホ画面の写真は、佐藤がまだ堅気の編集者だった頃の出版業界のパーティーで撮られたものだ。

当時から数年の年月は経っていても同一人物に違いない。ドッペルゲンガーでも他人の空似でもない、佐藤瞬は本当に生きていた。

『5年前に死んだと思われていた殺人犯が生きていたなんて特ダネだ。うちだけの犯人の独占インタビューともなれば、あんたのおかげで旨い飯が食える』
『それはどうかな?』

 佐藤は国井を一瞥して懐に手を入れる。国井に動揺の気配はなく、平然とスマホを操作していた。

『おおっと、待ってくれよ佐藤さん。こっちだってそう簡単に殺られねぇよ。これを見てくれ』

 国井は自分のスマホ画面を佐藤に見せる。国井の太い指がそこに映る人物を拡大表示した。画面には駅のホームで電車待ちをする女性の横顔が映っている。

『誰だかわかるか? あんたの愛しい彼女さんだ』
『俺と美月のことも調べがついてるってことか』

懐に手を忍ばせたまま、佐藤は表情を変えない。隠し撮りした美月の写真を見て国井は下品な笑みを浮かべた。

『浅丘美月チャン。可愛いよなぁ。あんたのモノになった時は高校生だったんだろ? たまんないねぇ。あんたが手を出したくなった気持ちもよぉーくわかるよ。ピッチピチの女子高生とのセックスはさぞ気持ち良かっただろうなァ。でもピッチピチの女子大生も悪くないよなァ。美月チャン、顔は清楚系なのに、カラダはボンキュッボンでエロくて、最高だよなぁ。あんたも、このでかい乳に顔を埋めて美月チャンのエッチな乳首にしゃぶりついたんだろぉ? 羨ましいねぇ』

 それまで感情が感じ取れなかった佐藤の瞳に怒りが宿る。ペラペラとよく口の回る男だ。

国井が美月を卑猥な目で見ることは佐藤にとって不快でしかない。
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