【Guilty secret】
24.幻影一夜
 午前9時に西崎沙耶が出社した時、風見新社社会部のオフィスは大混乱に陥っていた。
社員達は鳴り止まない電話の対応に追われ、編集長は不在。副編集長の国井の姿もなかった。

事態が飲み込めず唖然とする沙耶は大慌てでフロアを行き来する同僚を捕まえた。

「何かあったんですか?」
『副編が殺されたんだ』
「……殺された?」
『今朝死体で見つかったらしい。どこから情報が漏れたのか、そのことでさっきから問い合わせの電話がひっきりなしにかかってくるんだ。編集長は会議中。西崎も電話出れたら、まだ詳細は不明とでも言っておいてな』

 早口で沙耶に伝えた同僚は、ファックス用紙を手にして足早にフロアを飛び出した。直後に沙耶のデスクの電話が鳴った。

電話相手は同業者の死をいち早く報じようと躍起になるライバル会社のジャーナリストだったが、同僚に言われた通り詳細は不明と誤魔化してなんとか切り抜けた。

 国井が殺された事実がまだ沙耶には信じられない。確かに女関係は最悪のセクハラ男で、道理に外れた行いを繰り返していた国井は褒められた人間ではなかったが、沙耶にとって彼は上司だった。

それでも国井死亡の事実確認の電話応対を何度もするうちに、彼は本当に死んでしまったのだと実感が湧いてくる。

 別会社の報道機関にとっては国井の死もスクープのネタでしかない。『お悔やみ申し上げます、御愁傷様です』の型通りの言葉が薄っぺらく聞こえた。

ライバル会社の報道の人間で国井の死を悼む人間は誰一人いないだろう。

 会議を終えた社会部編集長の田辺《たなべ》がフロアに戻ってきた。田辺の後ろに見慣れない男が二人いる。
編集長は両手を叩いて社員達の作業を一時中断させた。

『皆、話は聞いていると思うが、副編集長の国井くんが亡くなった。こちらは国井くんの捜査を担当されている警察の方だ。国井くんが最近どんなジャーナリスト活動をしていたのか、知っていることを刑事さん達に話してやってくれ』
『警視庁の上野です。国井さんについて別室でお一人ずつお話を伺わせてください。事件の早期解決のため、ご協力お願い致します』

 警視庁の刑事達は社会部の応接室を借りて事情聴取を開始した。順番にひとりずつ応接室に呼ばれるため沙耶の順番はまだ回ってこない。
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