【Guilty secret】
『西崎、ちょっと来い』

 電話応対と事情聴取の順番待ちの合間に田辺編集長のデスクに呼ばれた。

『未解決事件特集の担当を国井から任されていたんだよな?』
「はい。そろそろちゃんとしたものを書けと国井さんが仰って……」
『すまないが、あの未解決事件特集はボツになった』
「ボツって……取り止め……ですか?」
『元々未解決事件の企画は国井が推していたもので、上は乗り気じゃなかったんだ。うちの社会部は昔よりも今、リアルタイムの出来事を追うことを理念としている。企画発案者の国井がいなくなって企画進行にストップがかかったんだ』

 企画にストップをかけたのは他ならぬ田辺本人であることを彼はおくびにも出さなかったが、沙耶はそのことに勘づいた。

副編集長の国井と編集長の田辺は方向性の違いでたびたび対立していた。国井の死を幸いとばかりに、田辺が国井の企画を握り潰したに違いない。

『お前には後々ちゃんとした晴れ舞台を用意してやる。だから悪いが今回の特集は諦めてくれ』
「……わかりました」

 未解決事件の特集が頓挫《とんざ》したことに悔しさは残るものの、編集長命令では従うしかない。

これで沙耶が10年前の佐久間夫妻殺人事件と娘の芽依を追う理由はなくなった。特集記事を任されてからの1週間で沙耶が行ってきた取材は、すべて無駄になってしまった。

だが芽依を追いかけ回す必要がなくなったことで、無念の中に安堵の想いも混ざる。

(だけど特集としてボツになっても私の中では終わっていない。芽依ちゃんと1週間一緒にいたかもしれないあの男……赤木奏。やっぱり気になる)

パソコンやタブレット端末から未解決事件のデータを消す気にはなれなかった。ジャーナリストとしてこの事件を記事にすることはできない。
でもジャーナリストではなく西崎沙耶として、事件の真実が知りたい。

 事情聴取の順番が回ってきた。沙耶よりも前に聴取を終えた同僚達から、沙耶が国井に未解決事件の特集記事を任されていたことはすでに刑事に伝わっていた。

『殺害された当時、国井さんが所持していた物です。何か気になる点はありますか?』

 ビニール袋に入った国井の持ち物がテーブルに置かれている。財布、煙草の箱、ライター、三色ボールペン、車の鍵……それらを見て彼女は首を傾げた。

国井の所持品にはジャーナリストとしてあって当然の物が足りない。
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