【Guilty secret】
「国井さんの持ち物はこれだけですか?」

 もう一度、沙耶は国井の所持品をひとつひとつ確認する。質問には上野が答えた。

『国井さんのノートパソコンとスマートフォンはお預かりしていますので、こちらにはありません』
「そうじゃなくて……レコーダーと手帳がないんです。国井さんはいつも取材の記録用にレコーダーと手帳を持ち歩いていました。手帳はこのくらいの黒色のカバーの物で、取材の日程やネタをまとめるネタ帳です。ジャーナリストにとってレコーダーとネタ帳は命よりも大事なんだと、冗談めかしてよく言っていました。いつも使ってるボールペンはあるのに手帳がないのはおかしいです」

 殺害現場に残された国井の所持品からはICレコーダーも黒色の手帳も発見されていない。
確かにボールペンはあるのに、書き留めるためのメモ帳や手帳がないのは不自然だ。

『ご指摘ありがとうございます。これまでお話を伺った同僚の方達は、そのようなことをお話にならなかったので助かりました』
「あ、いえ……。私は国井さんにジャーナリストのイロハを教わったので。レコーダーとネタ帳は常に持ち歩けと指導を受けていました」
『なるほど。近頃の国井さんの様子で変わったことや気になる言動はありましたか? 思い当たることならなんでもお話ください』

 上野に聞かれて沙耶は記憶を探る。国井とは一夜だけ男女の関係になった仲ではあるが、仕事以外での彼のことはよく知らない。

最近の国井の様子で変わったことと言われても、特に普段と変わりがなかったと思う。

「そう言えば……ドッペルゲンガー……?」
『ドッペルゲンガーとは?』
「えっと……昨日国井さんと会った時に変なことを言っていたんです。ドッペルゲンガーを信じるか? って。何のことか聞いてもネタが揃ったら教えてやるとしか言ってくれなくて……」

上野は眉をひそめた。国井は犯罪組織カオスの情報を探っていた。ドッペルゲンガーとはカオスに関係した何かの比喩?

『西崎さんは国井さんが言ったドッペルゲンガーとは何のことだと思われました?』
「ドッペルゲンガーって、もうひとりの自分を見る現象なんですよね。だから誰かと異様に似た人でも目撃したんじゃないでしょうか」

 それから数分で事情聴取は終わった。もっと色々と突っ込んだ質問をされるかと身構えていたのに、意外とあっさりとしていて呆気にとられた。

あの様子だと警察は最初から国井殺しの犯人は風見新社の人間ではないと考えているようだ。
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