【Guilty secret】
午後の業務は2時から店内整理と在庫チェック担当になった。小池はレジ担当、今日は彼と担当が重ならずホッとしている。
芸術系の棚の整理をしている時に男に話しかけられた。
『この本を探しているんですが、置いてありますか?』
血色がなく色白の、スーツを着た長身の男だ。彼が差し出したメモ用紙を受け取った時、右手の甲が視界に入った。心臓が大きく脈打つ。
『あの……』
「あっ……失礼しました。こちらの本ですね」
慌てて男の手から視線をそらした。在庫表とメモに書かれた書籍名を照らし合わせて本を探す。男が探している本は美術書らしい。
「お客様、当店ではこちらは取り扱っておりませんが……」
『そうですか。この本を売ってる本屋がなかなか見つからないんですよね。あとはネット注文になるか……』
落胆した様子で独り言を呟く男の顔をじっと見る。もう少し、あと少し、男と一緒にいたいと思った。
「お取り寄せもできますよ」
『じゃあ取り寄せしてもらえますか?』
取り寄せができると告げると男は無表情を崩さずに嬉しそうに笑った。どうして芽依には彼が笑ったように思えたのか……この人の笑い方を知っている気がするからだ。
取り寄せの必要事項記入のために男をレジに案内する。接客中の小池が芽依の動きを見ていた。予約票記入の前に念のため小池に確認に行く。
「小池さん、扱いのない本の取り寄せなんですけどいいですか?」
『いいよ。取り寄せ作業は前に教えたよね。覚えてる?』
「はい」
芽依は取り寄せの予約票を持って男に駆け寄る。彼はレジ前の児童書コーナーの手書きポップを見下ろしていた。
「お客様、こちらにお名前と連絡先の記入をお願いします。電話番号は商品入荷のご連絡をするためのものですので、確実に繋がる番号でお願いいたします」
『はい。えっと……あのポップってここの店員さんが作ったものですか?』
細長い指先で男が指差したのは折り紙で作った赤い落ち葉とクレヨンで描かれたドングリとイチョウの絵。それらが児童書コーナーを秋色に彩っていた。
「恥ずかしながら私が……」
『ああ、あなたが……。絵、上手ですね。折り紙の落ち葉も綺麗にできてる』
感心して頷いた男が予約票に記入を始めた。彼に褒められるとくすぐったい気分になる。
『どれくらいで届きます?』
「出版社に問い合わせをしてみないとわかりませんが、1週間から2週間以内には」
『わかりました』
ボールペンを置いた男が顔を上げた。切れ長の双眸と目が合ってまた心臓が跳ねた。
『……では』
「ありがとうございました」
彼は表情を変えずに踵を返す。芽依は店を去る広い背中に頭を下げた。
予約票の名前の欄には赤木奏と記入してある。連絡先は携帯電話の番号だ。
(赤木……奏……綺麗な名前……)
芽依の隣に立つ小池が予約票の記入漏れがないかチェックしている。彼女はまだ興奮が鎮まらない心臓を押さえつけた。
『美術書の取り寄せは珍しいね。あのお客さんはデザイン関係の人かな』
「……取り寄せ作業してきます」
小池のチェックが入った予約票を持って逃げるようにバックヤードに下がった。心臓の鼓動の速さを小池に気付かれたくない。
男の右手の甲の火傷の痕を見た時から鳴り止まない鼓動。どうして、どうして?
赤木奏……彼はもしや……。
芸術系の棚の整理をしている時に男に話しかけられた。
『この本を探しているんですが、置いてありますか?』
血色がなく色白の、スーツを着た長身の男だ。彼が差し出したメモ用紙を受け取った時、右手の甲が視界に入った。心臓が大きく脈打つ。
『あの……』
「あっ……失礼しました。こちらの本ですね」
慌てて男の手から視線をそらした。在庫表とメモに書かれた書籍名を照らし合わせて本を探す。男が探している本は美術書らしい。
「お客様、当店ではこちらは取り扱っておりませんが……」
『そうですか。この本を売ってる本屋がなかなか見つからないんですよね。あとはネット注文になるか……』
落胆した様子で独り言を呟く男の顔をじっと見る。もう少し、あと少し、男と一緒にいたいと思った。
「お取り寄せもできますよ」
『じゃあ取り寄せしてもらえますか?』
取り寄せができると告げると男は無表情を崩さずに嬉しそうに笑った。どうして芽依には彼が笑ったように思えたのか……この人の笑い方を知っている気がするからだ。
取り寄せの必要事項記入のために男をレジに案内する。接客中の小池が芽依の動きを見ていた。予約票記入の前に念のため小池に確認に行く。
「小池さん、扱いのない本の取り寄せなんですけどいいですか?」
『いいよ。取り寄せ作業は前に教えたよね。覚えてる?』
「はい」
芽依は取り寄せの予約票を持って男に駆け寄る。彼はレジ前の児童書コーナーの手書きポップを見下ろしていた。
「お客様、こちらにお名前と連絡先の記入をお願いします。電話番号は商品入荷のご連絡をするためのものですので、確実に繋がる番号でお願いいたします」
『はい。えっと……あのポップってここの店員さんが作ったものですか?』
細長い指先で男が指差したのは折り紙で作った赤い落ち葉とクレヨンで描かれたドングリとイチョウの絵。それらが児童書コーナーを秋色に彩っていた。
「恥ずかしながら私が……」
『ああ、あなたが……。絵、上手ですね。折り紙の落ち葉も綺麗にできてる』
感心して頷いた男が予約票に記入を始めた。彼に褒められるとくすぐったい気分になる。
『どれくらいで届きます?』
「出版社に問い合わせをしてみないとわかりませんが、1週間から2週間以内には」
『わかりました』
ボールペンを置いた男が顔を上げた。切れ長の双眸と目が合ってまた心臓が跳ねた。
『……では』
「ありがとうございました」
彼は表情を変えずに踵を返す。芽依は店を去る広い背中に頭を下げた。
予約票の名前の欄には赤木奏と記入してある。連絡先は携帯電話の番号だ。
(赤木……奏……綺麗な名前……)
芽依の隣に立つ小池が予約票の記入漏れがないかチェックしている。彼女はまだ興奮が鎮まらない心臓を押さえつけた。
『美術書の取り寄せは珍しいね。あのお客さんはデザイン関係の人かな』
「……取り寄せ作業してきます」
小池のチェックが入った予約票を持って逃げるようにバックヤードに下がった。心臓の鼓動の速さを小池に気付かれたくない。
男の右手の甲の火傷の痕を見た時から鳴り止まない鼓動。どうして、どうして?
赤木奏……彼はもしや……。