【Guilty secret】
 国井が生きていれば無理やりにでも記事を書かされていた。沙耶が拒否すれば、国井が代わりに記事を書いていたかもしれない。
こうなってしまうと、国井の死も不幸中の幸いとすら思えてくる。

 早河の仮説は終盤に向かって加速する。

『ここからは警察が公に出していない情報だ。勝手口の鍵は開いていたんだ。無理やり壊された形跡はなく、犯人は鍵が開いている勝手口から侵入した』
「たまたまその日に鍵が開いていたんですか?」
『“たまたま”勝手口の鍵が開いている家に、“たまたま”泥棒に入ったと思うか?』

 押し黙った沙耶は不安げにタブレット端末と手帳を胸に抱いた。その先を知りたくない、でも、知りたい。

『犯行現場には芽依の血の手形があった。保護された芽依に怪我はなかったから芽依の血ではない、殺された両親の血が付着した手形だ。両手のひらにベッタリついた血の手形がカーペットに残っていた』
「血の……手形……」

 単語を聞くだけで身震いする。資料で読んだだけで実感として湧かないが、現場は辺り一面が血の海だったそうだ。

そんな血の海に残された子どもの血の手形。ホラー映画でも観ている気分だった。

『犯行当時、芽依は現場にいて犯人を目撃している可能性が高い。しかし犯人がただの強盗なら、目撃者の芽依も殺されていると思わないか? 犯人からすれば娘に顔を見られている、声も聞かれているかもしれない、芽依に何の情も持たない見知らぬ強盗なら、芽依も殺されているはずだ。何故、目撃者の芽依は殺されなかった? 君はもうその答えがわかっているんじゃないか?』
「芽依ちゃんも……犯人と一緒に両親を殺したから……?」

沙耶は震える唇を小さく動かした。信じられない、信じたくないと心が叫ぶ。

『勝手口の鍵の問題も、芽依が鍵を開けて犯人を招き入れたとすれば納得がいくだろ。目撃者である芽依の生存自体が、芽依も犯行に関わっていることを示唆している』
「そんな……だってあの頃の芽依ちゃんは10歳ですよ? 小学生の子どもが親を殺したなんて……」
『10歳が必ずしも人を殺さないとは言い切れない。子どもでも殺そうと思えば人を殺せる。固定観念のフィルターを外して見ればわかる答えだ」

 あえてシビアな言葉を突き付けて早河は沙耶に背を向けた。彼女は立っていられなくてその場に泣き崩れる。

『これが真実かはわからない。もしも真実ならこの真実は誰も幸せにはならない真実だ』
「誰も幸せにはならない……そうですね。記事にならなくてホッとしていますよ。こんなの私には書けない……」

矢野が預かっていたレコーダーを彼女に返す。沙耶は涙を拭って立ち上がった。

「取材はこれで終わりにします。私にはもうできない」
『その方がいい。赤木のことは俺達が調べる』
「何かわかればご連絡いただけますか? 私はもうこの事件には関わりたくない。でも最後を見届けはしたい……。お願いします」

沙耶の名刺を早河は無言で受け取り、早河と矢野は彼女を置いて立ち去った。

 一体、今日はどのくらいの涙を流せばいいのか、途方にくれて沙耶はまた泣いていた。
誰も幸せにならない真実を抱えて。

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