【Guilty secret】
28.もみじの手形
『芽依とは大学3年の9月に出会いました。大学近くの公園でスケッチをしていた時にあいつが側に寄ってきたんです』

 赤木が大学3年だった11年前の2000年9月。
小平市の小平中央公園は夏と秋の狭間の夕焼け空に包まれていた。


 ──“絵、とても上手ですね”──


小学生にしては丁寧な言葉遣いをする少女は、冷めた暗い瞳で赤木のスケッチブックを覗いていた。

『最初は無視していました。俺は子ども好きではないし、鬱陶しいと思ってた。出会ったその日は俺が描いたスケッチを見るだけで芽依はすぐ帰りました。冷たくすればもう近付いて来ないだろうと思っていたんです』

無視を決め込んで言葉を交わさなかった少女は翌日も同じ時間に現れた。ベンチに座って昨日のスケッチの続きをする赤木の隣を指差して少女は言った。


 ──“隣に座ってもいいですか?”──


 少女の礼儀正しさが子どもらしくなくて最初は薄気味悪かった。それでも隣に座ることを了承したのは、絵を見つめる少女の暗い瞳に惹き付けられたから。

『あいつは俺の隣でずっと俺が描く絵を見ているんです。何がそんなに面白いのか、飽きずに俺の絵を見ていた』

しばらく時が過ぎると、少女は子ども用の腕時計で時間を確認してベンチを降りた。帰るのか? と聞くと、塾の時間なんですと悲しげな顔をして答えた。

少女の持っているトートバッグには塾の教材らしい英語の教科書が入っていた。


 ──“また来てもいいですか?”──


 ダメと言ってもどうせまた来るだろう。赤木は月曜と水曜と雨の日以外なら、この時間にここにいると告げた。

それをまた来てもいい許しだと解釈した少女が初めて笑った。笑った時のえくぼが愛らしい、子どもらしい笑顔だった。

『それから何度か芽依が公園に来るようになりました。来ない日もあったけど、大抵はいつも夕方に公園に来て、1時間くらい俺の隣で絵を見て塾の時間になると帰る。雨の日は公園でスケッチはしないから、雨の日を除いてはいつも。10月に入ると芽依が隣にいてスケッチをするのが自然になってた。互いにあまり話すこともなかったけど、名前が芽依って言うのもそのくらいの時期に知りました』


 ──“お兄ちゃん”──


 芽依が赤木をそう呼ぶようになったのは出会いから1ヶ月経った10月の中頃だった。

『あまりにも真剣に俺の絵を見ているから芽依にも絵を描かせてみたんです。芽依が最初に描いたのは落ちていた葉っぱのスケッチでした』


 ──“お兄ちゃんみたいに上手く描けないよ”──


 上手く描けずに落ち込む芽依の頭を赤木は撫でた。この頃にはもう、芽依の礼儀正し過ぎる言葉遣いも崩れて、言葉や表情に年相応の子どもらしさが感じられるようになっていた。
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