【Guilty secret】
そして2001年10月18日の木曜日。運命の分かれ道の日が訪れた。父の晋一が体調不良で仕事を休んで在宅していた日だ。
『芽依には携帯の番号を教えていたので、昼間に電話がかかってきました。あいつは昼休みに学校の公衆電話からかけてきたんです。“今日お父さん家にいるよ”、それだけを伝える電話でした』
殺人を実行する覚悟を芽依も赤木も決めた。犯行は二人の学校が終わった夕方。
『芽依には勝手口の鍵を開けさせておきました。俺は自転車で芽依の家まで行って、芽依が開けてくれた勝手口から家に入った』
母の聡子は居間でテレビを見ていた。連続ドラマの再放送のようで、大袈裟なBGMが室内に大音量で流れている。
彼女は芽依が雨ガッパを着てキッチンに潜んでいたことにも、赤木が勝手口から自宅に侵入したことにも気付いていなかった。
『居間に面したキッチンに芽依がいても母親はテレビに夢中で芽依の存在に気付かない。あの母親は本当に芽依に無関心だった。芽依が言うには母親は、“大人のフリした子ども”のような人間だったらしいです』
ナイフは赤木が事前に購入していた。普通の包丁だったが、念のため隣の市までわざわざ買いに行った物だ。返り血を防ぐ雨ガッパも小平市ではない別の街で購入した。
『芽依にも一応カッパを着せました。最初は俺が親を殺して芽依は見ているだけの予定だった。でも芽依は俺が握る包丁の柄を一緒に握ったんです』
握り締めた拳を開く。今でも残るあの時の感覚。包丁を握る赤木の手の上に小さな手が重なった。
赤木はゴム手袋をしていたが、芽依は素手だった。
夢中でテレビを観ていた聡子は、カッパを着てナイフを持つ赤木と芽依が近付いても悲鳴をあげずに呆然としていた。あまりにも非現実的な現実を突然目の前にして、声を出すことも忘れていたのかもしれない。
二人は聡子を刺した。赤木と芽依が二人で握るナイフが聡子の身体を一気に突き刺す。
驚愕に満ちた表情はみるみる苦悶に変わる。苦しげに呻く聡子の身体からナイフを引き抜いた。溢れ出る赤い血が吹き飛んで、二人のカッパが赤く染まる。
聡子はフラフラと宙に舞うようにして床に倒れた。
『物音を聞いて二階から降りてきた父親は何が起きたのか理解が追い付いていない様子でした。警察に通報される前に俺達は父親も刺した』
あえて感情を交えず淡々と赤木は殺人の瞬間を語る。
『父親はすぐに動かなくなりましたが、母親はまだ息がありました。芽依は今度はひとりで包丁を持って……床に這いつくばる母親を刺したんです。何度も何度も、泣きながら……』
『母親を殺した時、芽依はどうして泣いたと思う?』
『本当は愛して欲しかったんだと思います。愛して欲しかったのに愛そうともしない母親への、最後の訴えだったのかと。母親を刺した後、芽依は父親も同じように刺して……完全に動かなくなって死んだ両親を見下ろして芽依は笑っていました。壊れた人形みたいにあいつはずっと笑っていた……』
血にまみれた手をカーペットについて、涙ぐむ瞳を細めて芽依は笑っていた。芽依が残した小さな血の手形は真っ赤なもみじの葉に似ていた。
『芽依には携帯の番号を教えていたので、昼間に電話がかかってきました。あいつは昼休みに学校の公衆電話からかけてきたんです。“今日お父さん家にいるよ”、それだけを伝える電話でした』
殺人を実行する覚悟を芽依も赤木も決めた。犯行は二人の学校が終わった夕方。
『芽依には勝手口の鍵を開けさせておきました。俺は自転車で芽依の家まで行って、芽依が開けてくれた勝手口から家に入った』
母の聡子は居間でテレビを見ていた。連続ドラマの再放送のようで、大袈裟なBGMが室内に大音量で流れている。
彼女は芽依が雨ガッパを着てキッチンに潜んでいたことにも、赤木が勝手口から自宅に侵入したことにも気付いていなかった。
『居間に面したキッチンに芽依がいても母親はテレビに夢中で芽依の存在に気付かない。あの母親は本当に芽依に無関心だった。芽依が言うには母親は、“大人のフリした子ども”のような人間だったらしいです』
ナイフは赤木が事前に購入していた。普通の包丁だったが、念のため隣の市までわざわざ買いに行った物だ。返り血を防ぐ雨ガッパも小平市ではない別の街で購入した。
『芽依にも一応カッパを着せました。最初は俺が親を殺して芽依は見ているだけの予定だった。でも芽依は俺が握る包丁の柄を一緒に握ったんです』
握り締めた拳を開く。今でも残るあの時の感覚。包丁を握る赤木の手の上に小さな手が重なった。
赤木はゴム手袋をしていたが、芽依は素手だった。
夢中でテレビを観ていた聡子は、カッパを着てナイフを持つ赤木と芽依が近付いても悲鳴をあげずに呆然としていた。あまりにも非現実的な現実を突然目の前にして、声を出すことも忘れていたのかもしれない。
二人は聡子を刺した。赤木と芽依が二人で握るナイフが聡子の身体を一気に突き刺す。
驚愕に満ちた表情はみるみる苦悶に変わる。苦しげに呻く聡子の身体からナイフを引き抜いた。溢れ出る赤い血が吹き飛んで、二人のカッパが赤く染まる。
聡子はフラフラと宙に舞うようにして床に倒れた。
『物音を聞いて二階から降りてきた父親は何が起きたのか理解が追い付いていない様子でした。警察に通報される前に俺達は父親も刺した』
あえて感情を交えず淡々と赤木は殺人の瞬間を語る。
『父親はすぐに動かなくなりましたが、母親はまだ息がありました。芽依は今度はひとりで包丁を持って……床に這いつくばる母親を刺したんです。何度も何度も、泣きながら……』
『母親を殺した時、芽依はどうして泣いたと思う?』
『本当は愛して欲しかったんだと思います。愛して欲しかったのに愛そうともしない母親への、最後の訴えだったのかと。母親を刺した後、芽依は父親も同じように刺して……完全に動かなくなって死んだ両親を見下ろして芽依は笑っていました。壊れた人形みたいにあいつはずっと笑っていた……』
血にまみれた手をカーペットについて、涙ぐむ瞳を細めて芽依は笑っていた。芽依が残した小さな血の手形は真っ赤なもみじの葉に似ていた。