【Guilty secret】
29.共鳴者
 芽依の両親を殺害後、赤木は芽依を連れて小平市内の自宅に帰った。上京して独り暮らしをしていた赤木のアパートは、外観の塗装の剥げたみすぼらしい姿をしていた。

『それまで立派な一軒家に住んでいた芽依があんなボロアパートで満足できるか心配でしたけど、取り越し苦労でした。芽依は毎日飽きずにレトルトのミートソーススパゲッティを食べて、狭い風呂に二人で入って、同じ布団で寝て……。あの1週間の芽依はとても楽しそうでした』

 赤木が大学やバイトに行っている間、芽依は彼の家で自由気ままに過ごしていた。六畳一間のボロアパートが芽依にとっては桃源郷だったのだ。

外出する赤木をいってらっしゃいと笑顔で送り出す日もあれば、行かないでと泣いてすがりつく日もあった。

 テレビでは芽依の両親の殺人事件のニュースが連日流れ、小平市内も行方不明になった芽依の捜索で警察が巡回していた。芽依には絶対に外に出るなと言い聞かせていた。

赤木は小平市の近くの小金井市や武蔵野市まで出向いて芽依の衣類を調達し、わざと自宅から離れたスーパーまで自転車で買い出しに出たりもした。

 赤木の部屋はアパートの二階奥。隣室は空家で、話し声が漏れたりアパートの住人に芽依が見つかる心配はなかったが、近所の人間に小学生の女の子がアパートに潜んでいることが知られないよう、細心の注意を払っていた。

両親の都合のいい人形から解放された芽依は伸び伸びしていた。だが、二人の秘密の同居生活も1週間が限界だった。

『いつまでも芽依を匿《かくま》っていられないと最初からわかっていました。仕送りとバイトの稼ぎだけじゃ芽依を養えないし、ちゃんと学校にも行かせないといけない。俺の家に永遠に閉じ込めてはおけない』

 芽依を手離したくなかった。でも最初からこの生活は破綻を前提としたユートピア。

事件から1週間が経った10月25日の夜。ひとつの狭い布団の中で、赤木に抱き付いて眠る芽依を抱き締めながら彼は決意を固める。

芽依と離れる。そして二度と会わない。

『芽依には事件に関することを全部忘れるよう言い聞かせました。だけど俺が言い聞かせなくても、事件後の芽依は自分が何をしたのかを忘れていた。親を殺した時のショックで記憶を封じたのだと思います。芽依は自分が親を殺したことを完全に忘れていました』

 忘れているから彼女は今まで生きていられた。忘れられたから、今も生きていられる。
彼はどうだろう?

彼は忘れられない。自分が犯した罪を彼は忘れることはできない。


 ──“いいかい。芽依。もしもこれから、どこかで俺を見掛けても知らないフリをするんだよ。絶対に俺に近寄ってきてはいけないよ”──


 大人の小指と子どもの小指が絡まってゆびきりげんまん。ゆび、きった、で赤木は芽依に背を向けた。
何度もお兄ちゃんと叫ぶ芽依の声を無視して彼はひたすら前を進んだ。
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