【Guilty secret】
30.記憶の扉
10月15日(Sat)午後3時

 芽依は文庫本にヒグマ書店のカバーをつけて客に渡した。笑顔で客を見送って彼女はまたバックヤードの棚を一瞥する。

(赤木さんまだ来ない……)

 棚には客の注文を受けて取り置きされた品物が陳列されている。取り置きの品は新刊の単行本や漫画、ゲームの攻略本と様々だが、中でもひときわ大きくて分厚い本に芽依は焦点を定めた。

あの大きな本は赤木が注文した美術書。美術書があそこにあるということは、まだ赤木は書店に現れていない。

(待ち合わせは18時だからそのくらいの時間に来るのかも。私が受け渡し出来ればいいけどなぁ)

 小学生の女の子二人組が少女漫画を抱えてレジに来た。彼女達は他にもファンシー系の文房具や可愛いハート柄のノートも購入していき、笑顔で店を去る。

あの子達はこれから購入した漫画を楽しく読んで、新しく揃えたノートやペンを月曜日に学校に持っていくのだろう。

 小学生時代に漫画を買ってもらえなかった芽依は、いつも友達に借りた漫画を読んでいた。可愛いノートやペンも買ってもらったことはなく、使う文房具やノートもすべて母親が決めて勝手に購入していた。

小遣いも必要な時に必要な金額を渡されるだけ。あんな風に友達と遊びに出掛けても自由に好きな物を買えた経験はない。
可愛いペンケースや少女漫画を買う友達を羨ましく眺めていた。

 小学生の自分は何もかも母親の言いなりに過ごす子どもだった。母親は勉学以外では無関心なくせに、勉強に関しては子どものすべてを管理して支配したがる母親だった。

 子どもは親の所有物、人形、そう思い込んでいる最低な母親だった。

だから……コ、ロ、シ、タ──。

(なんか今……頭がズキッと痛くなった)

 右のこめかみを押さえて顔を伏せる。幸い今はレジに並ぶ客はいない。

こめかみを押さえて何度かゆっくり呼吸をした。身体に異変があった時は、なるべく呼吸をゆっくりするようにと赤木に言われている。

ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて、赤木の言った通りにすると少し楽になった。

 覗いてはいけない記憶の扉の向こう側。赤い記憶の扉を閉める鍵はいつも赤木だ。

ワスレロ、オモイダスナ、ワスレロ、オモイダスナ、頭の中で繰り返し囁かれる赤木の呪文で芽依は再び記憶の扉に鍵をかけた。
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