王太子から婚約破棄されたおてんば公爵令嬢は魔王に溺愛される

 それから三ヶ月後、一時開戦の余波も収まり、ウィドリントン王国に平和が戻っていた。もちろん魔界にももとの暮らしが戻ってきている。魔王は人間にされた仕打ちにやり返すことなく、今回のことは不問に処したらしい。つまり水に流してくれたのだ。寛大な対応に王も王太子も感謝したという。人間たちはホッとしていることだろう。
 冬に入ったところで寒くはなってきたが、いまの時期は白鳥を見ることができる。
 エインズワースの領地の湖で白鳥を見ながら、コーデリアはエリオットとピクニックに興じていた。エミリーや護衛兵を連れることもなく、ふたりきりでシートを敷いて並んで座っている。エリオットが一緒なら問題ないと、父や母も許してくれたのだ。

「傷はもういいのですか?」
「無論だ。俺は魔王だからな、魔界に帰れば治癒の魔法が使える者も存在する」
「それは便利ですね!」

 和気あいあいと、コーデリアはエリオットと食事を取っている。温かいスープもあったので、ふたりは白い息を吐きながらも身体を温めていた。
 エリオットはあれからも変わらずコーデリアを追いかけ続けており、今日も何度目かの告白をされたところだった。

「コーデリア、いい加減、俺の求婚にも応じてほしいものだ」
「エリオットさま……」

 コーデリアはわずかに頬を染め、寒さから身につけていた手袋を見せる。防寒というよりは見栄えのする、品のいいシルクの手袋だ。

「手袋がどうしたんだい?」

 きょとんとするエリオットの前で、コーデリアは左手の手袋を外してみせた。すると薬指には、エリオットからもらった豪奢な指輪がはまっている。
 エリオットは目を大きく見開き、勢いのままコーデリアを抱き締めた。

「きゃあ! エ、エリオットさま! は、恥ずかしいですわ!」
「ああっ……コーデリア!」

 感極まった様子のエリオットの体温が伝わり、とても心地いい。

「こんなうれしいサプライズがあるとはな! コーデリア、俺と結婚してくれるんだな!?」

 コーデリアを少し離して互いの顔が見えるようにすると、エリオットが改めて聞いてきた。
 コーデリアは恥ずかしそうにうつむき、こくんとひとつうなずく。
 あれだけ魔王に嫁ぐなんてあり得ないと思っていたのに、コーデリアは今回の件があってから、魔族や魔獣と人間を繋ぐ架け橋になりたいと考えていた。それにはおおもとであるエリオットと結婚することが一番ではないかと思ったのだ。極めて理性的で打算的な結論だったが、そこに愛がないかというと――

「コーデリア、君が好きだ。愛している」

 エリオットの再三の告白に、コーデリアは微笑んだ。

「私も好きです、エリオットさま。でも……」
「でも?」

 不安げに眉を下げたエリオットに、コーデリアは前々から不思議だったことを聞くことにする。

「治癒魔法が使える者がいるのに、どうしてあのとき傷だらけで私の前に現れたんですか? アドルフ殿下に撃たれたときは仕方がないと思ったのですが……」

 それはエリオットがイライジャであったとき、最初のふたりの出会いのことだ。なぜエリオットは魔界に帰らず、エインズワースの別邸のそばの森で傷を癒していたのだろうか。

「ああ……」

 思い出したのか、エリオットは恥ずかしそうにポリポリと頬を人差し指でかいた。

「君と、知り合いになりたかったからだ」
「え?」

 そんな理由!? と、コーデリアが驚きに目をみはる。
 頬に赤みが差したエリオットは続けた。

「おてんばで勝ち気な君の噂は魔界にも及んでいる。無論、その思想も。興味があったのだ。最初は素直に会おうと思っていたのだが、人間界に降りたところでいたずらな人間たちに襲われてな。抵抗せずにいたから負傷してしまい……あとはあの通りだ。君の領地で休ませてもらっていた」
「そ、そうだったんですか……」

 自身のおてんばぶりが魔界にまで通じていたとはと、コーデリアは羞恥を隠せない。

「は、恥ずかしい!」

 両手で顔を覆うと、エリオットがそっとその手を取った。
 指の間からのぞいた恥ずかしげな表情に、エリオットが目を細める。

「そんな君だから、会ったら余計に気になるようになったんだ」
「エリオットさま……っ」

 そのままの自分を愛してくれるというエリオット。彼は魔王だけれど、とても優しく強い。そしてモフモフだ。まさに理想の男性だろう。
 感激したコーデリアは、思わずエリオットの胸に飛び込んでいた。
 エリオットはコーデリアの背を撫で、ぎゅっと抱き締めてくる。

「愛してる、コーデリア」
「私もっ……愛しています」

 湖の端で、ふたりの影が重なった。
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