王太子から婚約破棄されたおてんば公爵令嬢は魔王に溺愛される

「こ、婚約破棄!? どういうことなの、お父さま!?」

 秋に本邸のある王都に戻ったとき、父親に知らされた一報にコーデリアは混乱を極めた。なんと婚約者であり王太子のアドルフが朝議で、一方的に婚約破棄を宣言したのだという。
 宰相の父もこれにはさすがに頭を抱えたようだ。

「わしにもなんでこうなったのか、さっぱりわからんのだ。アドルフ殿下に尋ねても、震えて首を横に振るばかりで何も詳細を話してくださらず……」
「震えて首を横に振るって……何かに脅されたか怯えているみたいじゃない!」

 コーデリアの核心を突いた言葉に、実は――と父は重い口を開く。

「どうやら魔王から圧力があったとかなかったとか……これは噂にすぎないのだが……」
「ま、魔王って……現魔軍総裁は確か……エリオット・ガターリッジ?」

 魔王エリオットは界隈では美貌の貴公子と呼ばれている二十四歳だが、残忍な魔族の代表だ。その魔王がなぜ人間の国の情勢に干渉してきたのだろうか。しかも一公爵令嬢の結婚などに。それとも政治に関わりを持ちたいのか、理由はそのぐらいしか思いつかない。

「何か心当たりはないのか?」

 逆に問われ、コーデリアはふとこの夏にあったイライジャとの出来事を思い出す。けれどまさかそんなことで魔王が動くとは思えない。たったひとりで森に入って魔獣と関わったなどとは口が裂けても言えないため、コーデリアはこれまで夏の件は誰にも話していない。

「……ないわ。でも婚約破棄されたのなら、私は自由なのね? そうなのよね、お父さま」

 キラッと目を輝かせる娘に、しかし父親は複雑そうな顔をしてみせる。

「それがな、つい先ほど手紙が届いたのだ」
「手紙? 誰から?」

 きょとんとするコーデリアに、父親が眉間に深いしわを刻んだ。

「魔王だ」
「ええ~!?」

 目玉が飛び出るほど大きく見開き、コーデリアは淑女にあるまじき大声を上げた。
 ソファに腰かけている父も、その横に座る母も、うしろで控える侍女エミリーたち使用人も一様に顔を歪ませる。いまの態度はあまりに公爵令嬢とはかけ離れていたらしい。
 コーデリアはコホンと咳払いしてから、父親からくだんの手紙を受け取った。

「拝啓、コーデリア……」

 流麗な文字を辿っていくうちに、コーデリアの顔がみるみるうちに曇っていく。手紙はなんと、エリオットからの求婚の申し出だったからだ。文面は丁寧だったが、中身はとんでもない。

「こ、婚約したいって……な、なんで、私なんかに……」

 手紙を持つ手がぷるぷると震えてしまう。顔面蒼白で、身体も恐怖からすくんだ。
 父親も難しい顔を崩さない。

「おそらく魔王が王国に圧力をかけたに違いない。お前が魔王に嫁がなければ、王国は亡ぼされるかもしれないぞ」
「そ、そんなバカなこと……!」

 ありえないと、コーデリアは思った。しかし現実に魔王は生娘のコーデリアを所望しているらしい。いったい自分はどうなってしまうのかと、コーデリアは青ざめる。
 そのとき、窓がコンコンと叩かれる音がした。
 全員の目が窓に吸い寄せられる。そしてその場の人間全員が、ぎょっと目をむいた。
 窓の向こうには白黒の魔獣がいたからだ。前足で器用に窓を叩いていた。

「イライジャ!?」

 慌ててコーデリアが窓を開けると、イライジャが声をかけてくる。

「手紙は読んだか、コーデリア?」
「よ、読んだけど……あなたたちのボスはいったい何を考えているの!?」

 泣きそうなコーデリアを前に、イライジャは少しだけ困ったような顔をした。

「いやなのか?」
「いやとかそういう問題以前よ! 人間と魔族が結婚するなんて!」
「なら気にする必要はない。閣下はそんなことを気にするほど器は小さくないからな」
「えっ、イライジャ……あなた、魔王と仲がいいの?」
「――うむ。人間語で言うならば、いわゆる相棒というやつだ。閣下は相棒の我を救った君を好ましく思っている」
「相棒……」

 手紙を持ったまま呆然とたたずむコーデリアの周りに、父や私兵が集まってくる。

「コーデリア! その魔獣から離れなさい! 危険だ!!」
「お、お父さま、この子は――」

 イライジャは歓迎されていないことを悟ったのか、軽やかにジャンプして身を翻した。

「手紙は閣下の命令通りに届けた。あとはコーデリア、君の気持ち次第だ」

 私兵が剣を手に群がってくるのに合わせて、イライジャは大きく跳ねてその場からあっという間にいなくなってしまう。魔獣や魔族は魔法も使えるのだ。
 慌てて武装した父親もハアハアと肩で息を切らせ、コーデリアを問い詰めた。

「いったいどういうことなのか、説明してくれるのだろうな?」
「は、はい……」

 コーデリアは観念したように、この夏のことを皆に話して聞かせる。
 魔獣を救った人間の話など例がないとでも言うように、父も母も使用人や私兵たちも困惑しているようだ。

「でも本当にいい子なの! お父さま、魔獣や魔族とも共存する道がぜったいにあるはずで、私は結婚してからその活動に尽力したいと思っていたのよ!」

 まあ、それは叶わなくなったけれど……と自嘲気味に笑う。
 父親は大きく溜息をついた。

「お前のおてんばぶりには昔から寿命を縮められている。もう何も言うまい」
「でもあなた……」

 これまで眉を下げて成り行きを見守っていた母親が心配そうに口を開く。

「コーデリアはうちの大事な一人娘ですわ。そんなコーデリアを魔王にやるなんて……」
「わかっている。その件はなんとかしてみよう。陛下に進言してみようじゃないか」
「お父さま……!」

 一筋の光明に、パッとコーデリアと母親の顔が明るくなった。

(魔王に怯えて婚約破棄するなんてアドルフ殿下にはがっかりだけど、そんなこと上等だわ! 私は今回の縁談も破棄して、自由に生きるんだから!)

 そんなコーデリアの思いは、果たして叶うことになるのだろうか――。
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