王太子から婚約破棄されたおてんば公爵令嬢は魔王に溺愛される
④
コーデリアは登城していた。陛下に進言するという父に無理やりついていき、アドルフに真意を尋ねようという算段だ。父親は宰相として玉座の間に赴いたので、自身は慣れたサロンへの道を進んだ。そこでアドルフ付きの侍女頭に頼み、彼を呼び出してもらう。
ほんの数分待ったところで、アドルフが文字通りドアから転がり込んできた。長身痩躯、銀髪に緑の目がよく似合う、今日もいかにも王太子然とした様相である。これでまだ十九歳なのだから、王子として貫禄があるほうなのだろう。
「コ、コーデリア!?」
よほど急いできたのか、肩で息をするアドルフに驚き、コーデリアが目を丸くする。けれど言うことは言いにきたのだと自分に発破をかけ、毅然と彼の前に立った。
「アドルフ殿下、このたびの婚約破棄の件ですが――」
「僕は少しも希望などしていないんだ!」
「えっ……」
台詞を途中で切られ、さすがのコーデリアも唖然とする。
アドルフが急いたように言葉を継いだ。
「父上や母上が魔族に屈しようとも、僕は君以外との結婚なんて考えられない! だからいまなんとかして婚約解消を撤回できないか考えているところだったんだ!」
まさかそんなことを言われるとはつゆほども思っていなかったので、コーデリアは何度も瞬きを繰り返す。
「……ということは、あくまで今回の婚約破棄は陛下が?」
「その通りだ! 僕は最後まで反対していたんだが、力及ばずで――」
無念そうに肩を落とすアドルフに、同情のような気持ちが湧いてきた。
(なるほど。あくまで今回の婚約破棄は陛下がお決めになったことで、アドルフ殿下のお心に変わりはなかったのね……)
そう思うと、アドルフに抱いていた猜疑心は消えていく。アドルフとは幼馴染みでもあったから、急な心変わりにがっかりしていたのだ。
「そうだったのですね。実はお父さまもいま、陛下に進言しにいってくださっているところなんです」
「宰相が! そ、そうかっ……彼が味方になってくれれば心強い!」
アドルフはわずかながらホッとしたようだった。けれど何を思ったのか、唐突に胡乱げな瞳をコーデリアに向けてくる。
「だが、コーデリア。君とて美貌の貴公子に興味がまったくないというわけでもないのだろう? それに我が国の統治が及ばない魔の国だ。そちらに嫁げば、もとより君がやりたかったことはすべて叶うかもしれない」
そんなことは考えたこともなかったコーデリアは、愕然としてアドルフを見つめた。
アドルフは真剣な面持ちで、コーデリアの一挙手一投足をうかがっている。
(美貌の貴公子という二つ名を持つのだから、きっと魔王エリオットさまはすごく美しいのでしょうね。確かにこの国ではないところに嫁げば、私の自由は実現するのかもしれない……)
コーデリアが答えられずにいると、やがてアドルフが苦笑した。
「いや、すまないコーデリア。君を責めるような言い方をしてしまったことを反省させてほしい」
「い、いいえ。私は気にしていませんわ」
羽扇を片手ににこやかに微笑むも、“自由”への渇望はコーデリアの胸の奥底にかすかに芽生えてしまう。
(お父さまが陛下に進言して、もし通ったら……私はアドルフ殿下と結婚することになる)
するとさまざまな問題は残れども自由はなくなり、鳥のカゴは決まったも同然だ。
コーデリアは自分の気持ちが定まらず、そんな自分自身に困惑してしまう。
「と、とにかく、父上や母上が魔族に屈しないことを願っているよ」
「……ええ。私も」
何事もなかったかのようにそう告げ、コーデリアはこの日のアドルフとの対面を終えた。
ほんの数分待ったところで、アドルフが文字通りドアから転がり込んできた。長身痩躯、銀髪に緑の目がよく似合う、今日もいかにも王太子然とした様相である。これでまだ十九歳なのだから、王子として貫禄があるほうなのだろう。
「コ、コーデリア!?」
よほど急いできたのか、肩で息をするアドルフに驚き、コーデリアが目を丸くする。けれど言うことは言いにきたのだと自分に発破をかけ、毅然と彼の前に立った。
「アドルフ殿下、このたびの婚約破棄の件ですが――」
「僕は少しも希望などしていないんだ!」
「えっ……」
台詞を途中で切られ、さすがのコーデリアも唖然とする。
アドルフが急いたように言葉を継いだ。
「父上や母上が魔族に屈しようとも、僕は君以外との結婚なんて考えられない! だからいまなんとかして婚約解消を撤回できないか考えているところだったんだ!」
まさかそんなことを言われるとはつゆほども思っていなかったので、コーデリアは何度も瞬きを繰り返す。
「……ということは、あくまで今回の婚約破棄は陛下が?」
「その通りだ! 僕は最後まで反対していたんだが、力及ばずで――」
無念そうに肩を落とすアドルフに、同情のような気持ちが湧いてきた。
(なるほど。あくまで今回の婚約破棄は陛下がお決めになったことで、アドルフ殿下のお心に変わりはなかったのね……)
そう思うと、アドルフに抱いていた猜疑心は消えていく。アドルフとは幼馴染みでもあったから、急な心変わりにがっかりしていたのだ。
「そうだったのですね。実はお父さまもいま、陛下に進言しにいってくださっているところなんです」
「宰相が! そ、そうかっ……彼が味方になってくれれば心強い!」
アドルフはわずかながらホッとしたようだった。けれど何を思ったのか、唐突に胡乱げな瞳をコーデリアに向けてくる。
「だが、コーデリア。君とて美貌の貴公子に興味がまったくないというわけでもないのだろう? それに我が国の統治が及ばない魔の国だ。そちらに嫁げば、もとより君がやりたかったことはすべて叶うかもしれない」
そんなことは考えたこともなかったコーデリアは、愕然としてアドルフを見つめた。
アドルフは真剣な面持ちで、コーデリアの一挙手一投足をうかがっている。
(美貌の貴公子という二つ名を持つのだから、きっと魔王エリオットさまはすごく美しいのでしょうね。確かにこの国ではないところに嫁げば、私の自由は実現するのかもしれない……)
コーデリアが答えられずにいると、やがてアドルフが苦笑した。
「いや、すまないコーデリア。君を責めるような言い方をしてしまったことを反省させてほしい」
「い、いいえ。私は気にしていませんわ」
羽扇を片手ににこやかに微笑むも、“自由”への渇望はコーデリアの胸の奥底にかすかに芽生えてしまう。
(お父さまが陛下に進言して、もし通ったら……私はアドルフ殿下と結婚することになる)
するとさまざまな問題は残れども自由はなくなり、鳥のカゴは決まったも同然だ。
コーデリアは自分の気持ちが定まらず、そんな自分自身に困惑してしまう。
「と、とにかく、父上や母上が魔族に屈しないことを願っているよ」
「……ええ。私も」
何事もなかったかのようにそう告げ、コーデリアはこの日のアドルフとの対面を終えた。