王太子から婚約破棄されたおてんば公爵令嬢は魔王に溺愛される
⑦
それからエリオットは何かにつけてコーデリアのもとにやってきた。父も母も魔王を相手に強く出ることができず、コーデリアは必然的に逃げの一手を打つしかなくなる。けれどどこに逃げてもエリオットは当然のように追ってきた。ときにはイライジャが現れることもあって、今日がまさにそれにあたる。
「コーデリア、閣下がお気に召さないのか?」
屋敷のそばにある湖の前で昼食をとりながら、イライジャがやや悲しそうに聞いてきた。
晴天の下、秋特有の涼しい風がひとりと一匹の毛を撫でていく。
コーデリアは自家製サンドイッチをイライジャと分けながら、困惑していた。
「気に入るとか気に入らないとかの問題ではないのよ。私には身分があり、立場があるから……」
本当はエリオットが毎回告げる愛と自由に心が傾きかけている。けれど以前彼に言った通り、コーデリアにエインズワース公爵令嬢の責任を放棄する気はない。
「ふむ。人間とはかくも面倒なものなのか」
溜息をつくようにイライジャが言った。
クスリと、コーデリアが笑う。
「魔界では違うの?」
「無論。魔界では愛と自由が何よりも尊重されている」
大型の猫のような獣のイライジャが胸を張るものだから、コーデリアはますますおかしくなった。そもそも人間界には言葉を話す動物などいない。
そっとイライジャの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
「……私はきっと、アドルフ殿下と結婚することになるのだと思う。エリオットさまのお気持ちはうれしいけれど、やっぱり応えられないわ」
「コーデリア……」
頭のいいイライジャはいま何を考えているのだろうか。そもそもエリオットの相棒らしいが、彼と一緒にいるところを見たことがない。そしてさまざまな魔獣がいるが、イライジャのようなタイプをほかには知らない。
「ねえ、イライジャ。あなたは――」
ドオンッ! と、唐突で大きな爆発音がコーデリアの言葉をかき消した。それは遠くから響いてきたものだったが、王都に近いここからでも何かが起こっているのが想像できる。あれは開戦の大砲の音だ。
「な、何!?」
驚きにその場に伏せたコーデリアとイライジャが周囲の様子をうかがう。双子山脈のほうから煙がたなびいていた。
屋敷からエミリーが慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「お嬢さま、大変です! たったいま旦那さまがお戻りになったのですが、アドルフ殿下が独断で軍隊を魔界に向けて出撃させたと……!」
「ええっ、そんな!?」
驚きのあまり、さすがのコーデリアもその場で卒倒しそうになった。
人間界と魔界との間には不可侵条約が結ばれている。戦争なんて仕掛けたら、暗黙の了解で成り立っていた均衡を崩すことになってしまう。アドルフがそんな愚かなことをするなんてとても信じられない。そしてその行動に心当たりがあったからこそ、コーデリアは突き動かされるものがあった。
「急いで登城するわ。エミリー支度を! ねえ、イライジャも――あら?」
エミリーに指示を出して振り返ったコーデリアの目に、もうイライジャの姿はなかった。先ほどの異変を聞き、慌てて魔界に戻ったのかもしれない。エリオットの相棒だというのだから、きっと主に知らせにいったのだろう。イライジャの行き先やエリオットの現状は気になったが、コーデリアにできることはアドルフに戻るよう説得することだけだ。このままでは最悪の事態になってしまう。
護身用の短剣を忍ばせた簡素なドレスに着替えを済ませたあと、コーデリアは愛馬フェルナンデスにまたがり、王宮を目指したのであった。
「コーデリア、閣下がお気に召さないのか?」
屋敷のそばにある湖の前で昼食をとりながら、イライジャがやや悲しそうに聞いてきた。
晴天の下、秋特有の涼しい風がひとりと一匹の毛を撫でていく。
コーデリアは自家製サンドイッチをイライジャと分けながら、困惑していた。
「気に入るとか気に入らないとかの問題ではないのよ。私には身分があり、立場があるから……」
本当はエリオットが毎回告げる愛と自由に心が傾きかけている。けれど以前彼に言った通り、コーデリアにエインズワース公爵令嬢の責任を放棄する気はない。
「ふむ。人間とはかくも面倒なものなのか」
溜息をつくようにイライジャが言った。
クスリと、コーデリアが笑う。
「魔界では違うの?」
「無論。魔界では愛と自由が何よりも尊重されている」
大型の猫のような獣のイライジャが胸を張るものだから、コーデリアはますますおかしくなった。そもそも人間界には言葉を話す動物などいない。
そっとイライジャの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
「……私はきっと、アドルフ殿下と結婚することになるのだと思う。エリオットさまのお気持ちはうれしいけれど、やっぱり応えられないわ」
「コーデリア……」
頭のいいイライジャはいま何を考えているのだろうか。そもそもエリオットの相棒らしいが、彼と一緒にいるところを見たことがない。そしてさまざまな魔獣がいるが、イライジャのようなタイプをほかには知らない。
「ねえ、イライジャ。あなたは――」
ドオンッ! と、唐突で大きな爆発音がコーデリアの言葉をかき消した。それは遠くから響いてきたものだったが、王都に近いここからでも何かが起こっているのが想像できる。あれは開戦の大砲の音だ。
「な、何!?」
驚きにその場に伏せたコーデリアとイライジャが周囲の様子をうかがう。双子山脈のほうから煙がたなびいていた。
屋敷からエミリーが慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「お嬢さま、大変です! たったいま旦那さまがお戻りになったのですが、アドルフ殿下が独断で軍隊を魔界に向けて出撃させたと……!」
「ええっ、そんな!?」
驚きのあまり、さすがのコーデリアもその場で卒倒しそうになった。
人間界と魔界との間には不可侵条約が結ばれている。戦争なんて仕掛けたら、暗黙の了解で成り立っていた均衡を崩すことになってしまう。アドルフがそんな愚かなことをするなんてとても信じられない。そしてその行動に心当たりがあったからこそ、コーデリアは突き動かされるものがあった。
「急いで登城するわ。エミリー支度を! ねえ、イライジャも――あら?」
エミリーに指示を出して振り返ったコーデリアの目に、もうイライジャの姿はなかった。先ほどの異変を聞き、慌てて魔界に戻ったのかもしれない。エリオットの相棒だというのだから、きっと主に知らせにいったのだろう。イライジャの行き先やエリオットの現状は気になったが、コーデリアにできることはアドルフに戻るよう説得することだけだ。このままでは最悪の事態になってしまう。
護身用の短剣を忍ばせた簡素なドレスに着替えを済ませたあと、コーデリアは愛馬フェルナンデスにまたがり、王宮を目指したのであった。