王太子から婚約破棄されたおてんば公爵令嬢は魔王に溺愛される
⑧
城にはすでにアドルフの姿はなかった。陛下に謁見したところ、総出で止めたにもかかわらず、それを振り切って魔界に向けて進軍してしまったあとだという。いまは止めるために急ぎ部隊を整えているところらしい。しかし待っていては手遅れになってしまいかねない。コーデリアは自分が行くと言い残し、すばやく王宮をあとにする。
魔界に繋がる双子山脈を目指して馬を駆っていると、ところどころにすでに交戦のあとが垣間見られた。兵士や魔族の死体が点々と転がっているのだ。双子山脈は二国の境目なので、人間も魔族も存在する。まだ小競り合い程度だが、戦争が始まっている証だった。
「……っ」
悲痛に顔を歪め、コーデリアはフェルナンデスを急かすように鞭を入れる。
(アドルフ殿下……なんてことを! 私などのためにしていいことではないわ!)
山道を進んでいると、ひときわ大きな魔獣が血に濡れて倒れていることに気づいた。呼吸しているのか腹部が上下しているのでまだ間に合うかもしれないと、コーデリアはフェルナンデスから降りて魔獣に駆け寄った。そして驚きに悲鳴を上げる。
「イ、イライジャ!?」
それは紛うことなきイライジャだった。おそらくあのあとすぐに前線に駆けつけ、魔界を守るために参戦したのだろう。
「あなたなんでいつも傷だらけなの……っ」
コーデリアはぼろぼろと涙をこぼしながらイライジャを抱き締めた。
するとイライジャは意識を取り戻したのか、「くぅ」とひと鳴きする。ペロペロとコーデリアの顔を舐めてきた。
「イライジャっ……よかった! いま手当するから」
そうして革製の小物入れから応急処置道具を取り出そうとしたところで、イライジャの全身が金色の光に包まれる。
「え、え!?」
慌てるコーデリアの目の前で、イライジャの姿はなんと――エリオットに変わった。血まみれのエリオットが、コーデリアの膝の上に頭をのせている。イライジャはどうやらエリオットの仮の姿だったらしい。変身できる魔族もいるというが、まさかエリオットがそうだったとは。
「エリオット、さま……?」
驚くコーデリアが見つめる先で、エリオットがふるりとまぶたを持ち上げた。紫色の瞳をコーデリアに向け、力なく笑ってみせる。
「……す、すまない、コーデリア。戦を止めに前線に入ったのだが、君の元婚約者に問答無用で撃たれてしまった……」
「アドルフ殿下に!? そんなっ……傷を、傷を見せて!」
コーデリアがシャツをめくると、そこには明らかな銃創があった。コーデリアは急いで応急手当をして、なんとか血を止めることには成功する。
「安静にしていないと……どこかに休むところは――」
「俺のことはかまわない」
「そういうわけにはまいりません! 魔王のあなたがいの一番に戦争を止めに入ったこと、私はとても評価しています。ありがとうございました。あなたほどの力があれば、きっとアドルフ殿下も敵わなかったでしょうに……魔法を使わなかったのですね?」
眉を下げて尋ねると、エリオットは自嘲気味に笑った。
「魔法で人間を殺めることはたやすい。だが、コーデリア……俺は君が――」
「エリオットさま? エリオットさま!?」
エリオットは再びまぶたを閉ざしてしまう。
エリオットの死を恐れたコーデリアだったが、彼がしっかり呼吸しており脈もあることに気づいてホッと胸を撫で下ろした。おそらく疲労のため、また体力回復のために身体が自然に休む体勢に入ったのだろう。
「フェルナンデス!」
コーデリアが呼ぶと、愛馬が駆け寄ってくる。
「エリオットさまをお願い。おそらくこのあとから陛下の部隊がやってきて助けてくれるはずだから、それまで見ていてちょうだい」
ブルルルッと、フェルナンデスが了解とでも言うように鼻を鳴らした。
うしろ髪引かれながらもコーデリアはエリオットをその場に残して、アドルフの軍を目指して走り出した。
魔界に繋がる双子山脈を目指して馬を駆っていると、ところどころにすでに交戦のあとが垣間見られた。兵士や魔族の死体が点々と転がっているのだ。双子山脈は二国の境目なので、人間も魔族も存在する。まだ小競り合い程度だが、戦争が始まっている証だった。
「……っ」
悲痛に顔を歪め、コーデリアはフェルナンデスを急かすように鞭を入れる。
(アドルフ殿下……なんてことを! 私などのためにしていいことではないわ!)
山道を進んでいると、ひときわ大きな魔獣が血に濡れて倒れていることに気づいた。呼吸しているのか腹部が上下しているのでまだ間に合うかもしれないと、コーデリアはフェルナンデスから降りて魔獣に駆け寄った。そして驚きに悲鳴を上げる。
「イ、イライジャ!?」
それは紛うことなきイライジャだった。おそらくあのあとすぐに前線に駆けつけ、魔界を守るために参戦したのだろう。
「あなたなんでいつも傷だらけなの……っ」
コーデリアはぼろぼろと涙をこぼしながらイライジャを抱き締めた。
するとイライジャは意識を取り戻したのか、「くぅ」とひと鳴きする。ペロペロとコーデリアの顔を舐めてきた。
「イライジャっ……よかった! いま手当するから」
そうして革製の小物入れから応急処置道具を取り出そうとしたところで、イライジャの全身が金色の光に包まれる。
「え、え!?」
慌てるコーデリアの目の前で、イライジャの姿はなんと――エリオットに変わった。血まみれのエリオットが、コーデリアの膝の上に頭をのせている。イライジャはどうやらエリオットの仮の姿だったらしい。変身できる魔族もいるというが、まさかエリオットがそうだったとは。
「エリオット、さま……?」
驚くコーデリアが見つめる先で、エリオットがふるりとまぶたを持ち上げた。紫色の瞳をコーデリアに向け、力なく笑ってみせる。
「……す、すまない、コーデリア。戦を止めに前線に入ったのだが、君の元婚約者に問答無用で撃たれてしまった……」
「アドルフ殿下に!? そんなっ……傷を、傷を見せて!」
コーデリアがシャツをめくると、そこには明らかな銃創があった。コーデリアは急いで応急手当をして、なんとか血を止めることには成功する。
「安静にしていないと……どこかに休むところは――」
「俺のことはかまわない」
「そういうわけにはまいりません! 魔王のあなたがいの一番に戦争を止めに入ったこと、私はとても評価しています。ありがとうございました。あなたほどの力があれば、きっとアドルフ殿下も敵わなかったでしょうに……魔法を使わなかったのですね?」
眉を下げて尋ねると、エリオットは自嘲気味に笑った。
「魔法で人間を殺めることはたやすい。だが、コーデリア……俺は君が――」
「エリオットさま? エリオットさま!?」
エリオットは再びまぶたを閉ざしてしまう。
エリオットの死を恐れたコーデリアだったが、彼がしっかり呼吸しており脈もあることに気づいてホッと胸を撫で下ろした。おそらく疲労のため、また体力回復のために身体が自然に休む体勢に入ったのだろう。
「フェルナンデス!」
コーデリアが呼ぶと、愛馬が駆け寄ってくる。
「エリオットさまをお願い。おそらくこのあとから陛下の部隊がやってきて助けてくれるはずだから、それまで見ていてちょうだい」
ブルルルッと、フェルナンデスが了解とでも言うように鼻を鳴らした。
うしろ髪引かれながらもコーデリアはエリオットをその場に残して、アドルフの軍を目指して走り出した。