先輩を好きになるのは必然です
第一話




〇学校の廊下(放課後)


教室の中の男子生徒数人があはは、と大きな声で会話をしている。

男子生徒1「そういや、新田最近あの子とどうなの?」
新田「あの子って、誰のことだよ?」
男子生徒1「とぼけんなよ~。平井さんのことだよ」
新田「ああ、平井さん?」
男子生徒1「そうそう、お前らできてるって噂になってんじゃん。どうなん?」
新田「いや、平井さんは恋愛対象にはなんねえだろ」
新田「ぜってえ、無理だわ」

平井(わたしは今、わたしのことを恋愛対象として見れない、と好きな人が話しているのを聞いている)

平井は教室のドアのすぐ横にぽつんと立っている。
教室の中は新田の発言で盛り上がって、ぎゃはは、と笑っている男子生徒達。

男子生徒2「ぎゃはは、ひでー」
男子生徒3「平井さんかわいそー」
男子生徒2「っつても、平井さん、まあブスじゃねえじゃん。なんかチョロそうだし、お前のこと好きそうだし。なんで無理なん?」
新田「あー、まあブスじゃねえとは思うけどさ。でも」
新田「別に可愛くねえし、胸とかねーし、地味だし、いろいろ髪型とかも含めていろいろだせえし、ああいう女ってなんか無理。女として見れる気しねえわ。たぶん一生」

マジかよ、ウケるーと笑い声が廊下まで響く。

平井(あそこでわたしのことを笑っている人たちの一人、新田くんはわたしの好きな人で)
平井(それで、わたしの顔だったりそれ以外だったりが無理らしい。それも一生)

ギュッと肩から下げたバッグの持ち手を握る。

平井(新田くん。わたしが困ってる時に助けてくれて、その時好きになっちゃった)

図書室で高い位置にある本を取ろうとしたが届かなくて、踏み台を持ってこようとした平井に本を取ってくれた。
その時の新田の笑顔に平井は頬を染める。

平井(でも、わたしのことは恋愛対象に見れないみたい)
平井(地味で可愛くないなんて、そんなのわたし自身わかってるよ。でも……)

涙がこぼれそうになるのをこらえる。

平井(お弁当を取りに来ただけなのに、なんでこんなことになってるんだろ)

はは、と馬鹿にしたように笑う声が聞こえ、中をちらっと覗く。

平井(教室、入りづらいな)
平井(……もう、いいや。帰ろ)

最後に、教室を伺うとへらへらと笑う新田の顔が見える。平井の顔が曇る。
唇をぎゅっと噛み、足音をたてずにその場から去った。


〇校門を出たあたり
とぼとぼと一人歩きながら過去を振りかえる。

平井(思い返すと、容姿で褒められたことってないな)

演劇でお姫様役がやりたかったのに馬役になる、店員に美人の客とあきらかに差がある接客をされるなど。
母親が平井に、鞠はお母さんに似てなくて可愛くないから可愛い服は着ちゃだめ、ピンクじゃなくて青にしよう、メイクなんて可愛い子がするもの、他の子と鞠は違うの、鞠は可愛くなんてなれないわと言われたことを思い出す。

平井(中学生の頃にお母さんはお父さんと離婚していなくなったけど、お母さんの言葉は今も呪いみたいにわたしの中に残っている)
平井(お母さんに何度も言われたから、わたしが可愛くないし可愛くなれない、なんてわかってはいたけど、好きな人に恋愛対象として見れないって)
平井(はっきり言われるのは、結構つらいなあ)

新田の言葉を思い出しうつむく。

平井(わたし、これから先恋愛もできないのかな……なんて暗くなりすぎ)

前方から歩いてきた中年とぶつかる。平井はよろける。中年は舌打ちをうつ。

平井「あ、すみませ……」
中年「気をつけろや! クソブス!」
平井「……」

呆然と立ち尽くす。
その後、とぼとぼと歩き出す。

平井(なんか疲れたな……)


〇平井の部屋(夜)

浅瀬「なにそれー!? あいつらマジ最悪!!」

ベッドの上に座って、スマートフォンで電話をする。
電話から友人の浅瀬麦子の怒りの声が、大音量で耳に届きスマートフォンを遠ざける。

平井「むぎちゃん、声でかい……」
浅瀬「だって! 新田たち最低すぎじゃん! 放課後教室に集まってやることが悪口!? その時点でマジでキモイし! 特に新田! あいつ表ではあんな優男ぶってたくせに、陰では鞠のこと悪く言うとか、ホントありえないしムカつく!! あー! ムカつきすぎて、あいつらの顔面百発殴りたい!」 
平井「あはは、本当にね……」

浅瀬の予想以上の怒りに、苦笑する。

平井(怒るとは思ってたけど、まさかここまでとは……)
平井(むぎちゃんは、私の中学時代からの親友。明るくて運動神経もよくて、一緒にいて凄く楽しい子なんだ。それに、むぎちゃんは、わたしに何かあった時はいつも相談にのってくれたり気にかけてくれるし凄く優しいの)
平井(一人でいても落ち着かなくて電話したらわたしが元気ないの気づいてくれたし……こんなに怒ってくれるなんて、むぎちゃん本当に優しいな)

平井「むぎちゃん、ありがとう。さっきまで落ち込んでたけど、むぎちゃんが怒ってくれてるの聞いてたらちょっと落ちついてきたかも」
浅瀬「鞠……無理しないでね」
平井「ううん、なんか思ってたよりは大丈夫! しばらくあの人たちと顔は合わせたくないけど……たぶん、なんとかなる!」
平井「……あ、でも」
浅瀬「でも?」
平井「……しばらく恋愛はしたくないなあ」
浅瀬「……うん、そうだよね」
平井「……いや、しばらくというかこれから先わたし恋愛できるのか不安になってきた」
浅瀬「え!? なんで!?」
平井「だって、今日新田君に恋愛対象として見れないとか、地味とか散々言われてて……なんか思い出したら自信なくしてきた」
浅瀬「いやいや! あんなやつの言うことなんて間に受けなくていいって!」
平井「……そうかな?」
浅瀬「うん! うちら青春真っ最中なのに、あいつのせいで一生恋愛できないなんて勿体ないよ!」
平井「……確かに、そうだよね」
浅瀬「うんうん。……あ、やば! 鞠、ゴメン! うち、そろそろお風呂入んないと!」

平井は時計を見る。時間は十時を過ぎたあたり。

平井「もうこんな時間だったんだ! 長話しちゃってゴメン!」
浅瀬「ううん。明日でもいつでも話聞くし、うちにできることあったら協力するから遠慮なく言ってね。あと、今回のことで自分のこと責めたりしたらダメだから。鞠が悪いんじゃないんだからね!」
平井「うん、ありがとう。それじゃあ、また明日」
浅瀬「うん、また明日~!」

電話を切って、スマートフォンをベッドに置く。
ごろん、と横になる。

平井「勿体ない、か……」

平井(確かにそうだけど、本当にわたしと付き合ってくれる人なんているのかな……)
平井(って、むぎちゃんに自分のこと責めるのはダメって言われたばっかじゃん! もう、自虐モード入るの禁止!)
平井(なるべく前向きに考え……って今日失恋したばかりですぐ前向きになんかなれないか)

平井「あー! もう! 考えるのやめ! もう寝る!」

平井は叫んだ後、布団の中に飛び込む。

平井(恋愛とか今はもう考えないでおこ……)

平井は布団の中に顔を埋めた。
疲れていたからか、すぐにうとうとする。

平井(でも、そうだなあ。もしも誰かと付き合えるなら……次は)
平井(新田くんみたいな人じゃなくて、裏表のない性格で、それでわたしを……恋愛対象として見れる人が……いいなあ)



〇一階の廊下(昼休み)

ため息をつきながら廊下を歩く。
平井のスカートのポケットからクマのマスコットがはみ出している。

平井(やっと昼休み……。それにしても今日はいつもよりもなんだか疲れるような……なんでだろ。やっぱり昨日の今日だし……)

新田に話しかけられて笑顔を無理やり作る。新田たちがたむろっている場所を見つけ近づかない場面を思い出す。

平井(めちゃくちゃ態度に出てたかもだけど、大丈夫かな……)
平井(って、もう新田くんのこと考えるのやめなきゃ! 考えたところで暗くなるだけだし……それよりも早く購買のパン買わなきゃ。むぎちゃんがオススメしてくれた火曜限定のチョコクリームあんぱん。わたしが好きそうな味って言ってたし、それ食べて今日一日のりきるぞ~)
平井(……ん? なんか騒がしいような?)

平井がちょうど玄関を通ろうとした時。

女子「ねえ、あたしたちって付き合ってるんじゃないの!?」
平井「……っ」

女子の声に咄嗟に隠れる。
そっと覗き見る。
暗がりで二人の姿は見えない。

平井(な、なに? な、なんだか不穏な空気だけど……)

男子「まあ、そうだけど」
女子「他の彼氏いる子と全然違うじゃん! 他の子はもっと……」
男子「他のやつらと比べられても困るんだけど。それに付き合う前に言ったじゃん。俺、田中のこと好きじゃないけどいいのって」
女子「……っなにそれ。もういい! もう別れる!」
女子「あんたなんか顔以外何もいいとこないし、これから彼女になってくれる人いても絶対うまくいかないから!」
女子「このチビ!」
男子「はあ!? 待てやこのクソ女!」
女子「げっ、やば!」

平井(え、こっちに来る!?)

走ってきた女子とぶつかりそうになる。

女子「っ邪魔!」

女子に、ドンと強い力で押される。
衝撃でクマのマスコットの紐が千切れ、マスコットが宙を舞う。

平井「きゃっ……!」

平井(嘘、転ぶ……!)

ぎゅっと目を閉じ、衝撃にそなえる。
暖かくて硬いものにぶつかる。

平井(……? 痛くない? なんで)

男子「大丈夫?」
平井「え?」

真上で聞こえた声に顔をあげる。

平井「……っ、わ」

すぐ近くにあった整った顔に、思わず声がもれる。

平井(すっごく、イケメンな人だ……こんな綺麗な顔した人見たことない)

中性的な顔立ちをした男子は、平井が見たことのないくらい整った顔をしていた。平井はしばらく放心する。
くっきり二重の色素の薄いキラキラした瞳と目があう。にこりと微笑まれ、ドキッとする。

男子「なに、俺に見惚れてんの?」
平井「え、あ、はい……じゃなくてごめんなさい!」

現在進行形で男子にくっついたままのことを思い出し、ザっと勢いよく後ろに下がる。

男子「いや、あんたが謝ることじゃないでしょ。俺がイケメンすぎるのがいけないし」
平井「え、あ、はあ……」

まんざらでもない顔をする男子に戸惑う。

平井(イケメンすぎるって……あってるけど普通自分で言う? ちょっと変わった人、なのかな……?)

男子「それに、元はといえばあいつが悪いし」
平井「あいつって、さっきの人ですか」
男子「そ。さっきの君を押した女。マジであんなのと三日でも付き合ってた自分に後悔」
平井「そうなんですか……って、み、三日!?」
男子「あ? あー、まあ、そう。確か三日だったと思うけど……まあ、食いもんに釣られて付き合った結果があれで、三日目にしてあいつにフラれた感じ……って、そうだあいつ! 俺をチ……なんて馬鹿にして……絶対許さねえ」
平井「チ? って、あ……身長のこと」
男子「は?」
平井「なんでもないです」

ギロリと睨みつけられ、さっと顔をそらす。

男子「はあ、まあいいや。腹減ったし戻ろっと。てか、あんたは時間大丈夫?」
平井「え?」
男子「こんなとこに来るってことは、何か用事でもあったんじゃねえの? 例えば……購買とか」
平井「購買……って、ああ! そうだった! チョコクリームあんぱんが売り切れる!」
男子「え、チョコクリームあんぱんって、あの人気なやつ……」
平井「っすみません、失礼します!」

購買に向かってバタバタと走りだす。

平井(うわ~! わたしのチョコクリームあんぱんが~!)





〇玄関近くの廊下(放課後)

平井(はあ、結局チョコクリームあんぱん売り切れてたし……そもそも財布を忘れるというありえないミスをしてる時点で詰んでた……それに、クマ婆さんもいつのまにかなくなってたし一体どこにいったんだろ)

とぼとぼと歩いていると前方から昼休みの男子が前方から現れる。

男子「あ」
平井「え? あ、昼休みのイケメンの人……」
男子「おう、学校一のイケメン登場!」

平井(やっぱり変わった人だなあ)

男子「そだ、あんた例のあれ。間に合ったの?」
平井「例の、あれ?」
男子「チョコクリームあんぱん」
平井「……いえ、間に合いませんでした」
男子「あー、そっか」

男子は悲しそうな顔の平井をじっと見つめる。

男子「なあ」
平井「はい?」
男子「あんたって付き合ってる人いる?」

平井(?)
平井(付き合ってる人……付き合ってる人って、え?)
平井(え、ええーっ!?)





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