先輩を好きになるのは必然です
第二話
二話
〇玄関(放課後)
男子「あんたって付き合ってる人いる?」
平井「えっ、あ、え? あの、なに」
男子「いるの?」
平井「いや、あの」
男子「いるのいないのどっち」
平井「いません」
〇ファストフード店(放課後)
平井(そんな衝撃的発言を受けたのが三十分程前になる)
平井(その後どうなったかというと……)
男子「結構混んでんなー。とりあえずここでいいか」
平井(何故かファストフード店に来ている……なんで!?)
窓際の二人席に向かい合って座る。
平然としている男子と、落ち着かない様子の平井。
男子のトレーには、ハンバーガーとポテトとパイとジュース。平井のトレーにはジュース一つがのっている。
男子「ポックでよかった?」
平井「え、ああ、はい」
男子「そ。じゃ、食べよー」
平井「はい。……じゃなくて、あのすみません」
ポテトを一つまみする男子。
男子「ん?」
平井「質問があるんですけど……」
男子「なになにー?」
平井「なんでここに来て一緒にポックを食べてるのかとかいろいろよくわからないんですけど……これって一体……というかあの謎の質問は……」
男子「ん? ああ、あれ。だって付き合ってるやついるやつと二人で飯食うのはちょっと……ほら、あとから面倒ごとになるかもだし」
平井「あ、なるほど……」
平井(だよねー。勘違いしなくてよかった~)
男子「てか一年だよね?」
平井「あ、はい。……そういえば、わたしたち自己紹介もしてないですね」
男子「あー、そっか。名乗ってもなかったっけ」
平井「はい」
男子はもう一つポテトをつまんで飲み込む。
飲み込んでから、改めて向かい合う。
男子「俺は宮永京一。三年。そして学校で一番イケメン。好きなものはおにぎり。ちな昆布入ってるやつ。趣味はカラオケ。あ、みんなで行くやつじゃなくて一人で行く方だから。特技は可愛い字を書けること。よろしく」
平井(情報量多いなあ……え、わたしもこんな感じでしないといけない感じ?)
平井「……あ、よろしくお願いします。えっと、わたしは平井鞠、です。一年です。えっと好きなものは甘いもの、かな」
宮永「ふーん。甘いものって具体的にどんなの?」
平井「えっと……あ、もちもちしたお菓子が好きです。なんかもちもちしてるのって、美味しいような……。趣味は……本とか読むの好きです」
宮永「本って難しいやつ? 俺、漫画と絵本しか読まねえんだけど」
平井「いや……いろいろ読みますけど、わたしも漫画好きですよ。絵本は子供の頃いらい読んでないですけど」
宮永「絵本は読んだ方がいいよ。あれは、人間にとって大事なこと教えてくれるから。あと単純に癒されるしおもろい」
平井「癒し……」
平井(癒し、かあ。昨日のこともあって疲れてる気がするし、今、一番欲してるものかも)
宮永はぼうっとする平井に気づく。
宮永「何? 癒しが欲しいの?」
平井「え……」
宮永「なんか幸薄そうな顔してっけど」
平井「幸薄……」
平井は面と向かって言われて軽くショックを受ける。
宮永は、じいっと平井を見つめ、何かを考えるようなポーズをした後、自分のリュックを漁る。
宮永「じゃあ、これやるよ。はい」
平井「あ、どうも……え?」
宮永が平井のトレーに、宮永のアクリルスタンドを置く。
それを見て平井は硬直する。
平井「なんですか、これ」
宮永「何って、俺のアクスタ。こないだ作ったんだ。なんか福を呼び込みそうな感じしねえ? リビングのテーブルにも飾ってんだけど、家族から食卓が明るくなるって評判なんだよ」
平井「飾ってるんですか?」
宮永「ああ? そりゃそうだろ。ちなみにこの世に二つしか存在しないレア物だから大切にしろよ」
平井「え? いや、受け取れないです」
宮永「あ、そうだ、これあげる」
平井「いや、いらない……って、え? なんですか、パイ?」
宮永「今日のお詫び。……これ、落ちてたんだけど平井ちゃんのじゃね?」
平井「え……あ! ク、クマ婆さん……!」
クマのマスコットの顔面が薄汚れ黒くなっていた。
宮永「もしかして、俺が踏んじまったかもしれねえからさ。だから、弁償しようと思って。ちなみにパイは気持ちね」
平井「いや、わたしが踏んだのかもしれないし弁償とかはいらないです! それよりも拾ってくれてありがとうございます! これ、友達が誕生日にくれた物で……本当にありがとうございます。帰ったら洗ってあげないと」
クマを大切そうに手で包み微笑む平井の姿を目にした宮永は、目を瞬かせる。その後、口元に笑みが浮かぶ。
宮永「ふーん。なら、いいけど。それと、平井ちゃん、俺と話してたせいでチョコクリームあんぱん変えなかったんだろ?」
平井(平井ちゃん……)
トレーにのったパイをじっと見つめる。
平井「買えなかったですけど、でもわたしが買えなかったってなんでわかったんですか?」
宮永「俺、三年間購買常連だから。だから、限定商品が五分もたず売り切れることも知ってる。ん? じゃあ、平井ちゃんがあそこにいた時点で五分過ぎてね?」
平井「あ、はい。だから、お詫びは必要ないですね。このパイは先輩が食べてください」
宮永のトレーにパイを戻す。
宮永「いや、一度あげたもん受け取らない主義なんで。お食べ。つっても、平井ちゃんが好きなもちもちじゃねえけど」
平井のトレーにパイを戻される。
平井「もちもちじゃなくても甘いものは好きなので……ありがたくいただきます」
宮永「おう」
宮永は小さく口を開けてパイを食べる平井を真顔でじっと見つめる。
平井「あ、おいしい……」
宮永「……だろ!?」
平井「っ!?」
身をのりだした宮永に驚く。
宮永「それネットで評判悪くてさ、どんな味なんだって気になって買ってみたら結構うまいじゃんって。まあ、歯にくっつくのは好きじゃないけど」
平井(確かに歯にくっつく……)
もきゅもきゅと口を動かす平井。宮永は一方的に味の感想を話す。
平井(なんかこの人よくしゃべるなあ……)
平井(ぱっと見た感じ、中性的で穏やかな人に見えるんだけど性格は全然違くて)
相槌を打ちながら、宮永の話を聞く。
宮永「ちなみに購買の限定パンは、ほとんど五分か三分で売り切れるから注意。でも、限定がすぐ売り切れるからそれが一番うまいって思うじゃん? だけど、俺のおすすめは限定のやつじゃないんだよな。知りたい?」
平井「……まあ、はい」
平井(結構面白い、かも。自分のアクスタとかはよくわからないけど……)
〇ファストフード店の外(夜に近い夕方)
食べ終わり、ファストフード店を出る。
宮永「平井ちゃん、あんま食ってなかったけど大丈夫?」
平井「はい、あれで充分です」
宮永「そっか。んじゃ、俺あっちだから。またなー」
平井「……あ、はい」
片手を振って、去っていく宮永を見送る。
平井(なんか、嵐が過ぎたような。不思議な感じ……)
平井(……わたしも帰ろ)
一人、歩く。
平井(変わった人かと思ったけど楽しい人だったな。話は長いけど……)
平井(また、話せたらいいな……)
平井(あ、でも今日ってお詫びだったよね?)
ぴたりと足を止める。
平井(じゃあ、もう関わることもないのかな)
平井(……確かに、あんなキラキラした人がわたしと友達になるなんて、ないか)
平井(でも、あの人のおかげでちょっとだけ気分転換できた気がする。購買のオススメも気になるし)
平井(絵本なんて子供の頃読んで以来読んでないけど、久しぶりに読んでみようかな)
平井(もし、また会えたら……また話してみたいなあ……)
平井(また、っていつ?)
振り返って、走る。
宮永の後ろ姿が見える。
平井「……っ宮永先輩!」
宮永「っ!?」
大声で呼び止めると、宮永の肩がびくっと跳ねる。
驚いた顔で振り向く。
宮永「は、びっくりしたー。何?」
平井は目の前の宮永を見上げる。
平井(あ、そんなに首疲れないな)
平井「あの、今日はありがとうございました」
宮永「ん? ああ、こちらこそ?」
平井「それで、えっと、先輩に言いたいことがあって」
宮永「お、何でしょう」
平井「わたし、昨日ちょっと嫌なことがあって……でも今日先輩と話してる間そんなこと忘れてた。少し元気でました。それに、楽しかったです。だから……」
平井「また、今度わたしと、っか、会話! してください!」
バッグの紐をぎゅっと握り、宮永を見つめる。
宮永のきょとん、とした顔を見てはっとする。
平井(か、会話してくださいって何言ってるの~!? 先輩びっくりしてるじゃん! い、言い直さないと……!)
平井はあの、と言いかける。
宮永「……それ言うために、わざわざ大声だして戻ってきたの?」
平井「え、あ……はい」
宮永「走って?」
平井「……はい」
宮永の問いに自分の行動が恥ずかしくなって、宮永の顔が見れない。
ふは、と笑い声が聞こえ宮永の顔を見ようとした時。
宮永「かーわいー」
くしゃり、と笑う宮永の初めて見る表情に目を奪われる。
宮永は、ははっと笑う。
宮永「はーい、会話します。また今度な。それじゃあ、気をつけて帰れよ。平井ちゃん」
片手をあげて去っていく姿を、平井は呆然と見送った。
その後、ぼっと頬が赤くなる。
平井(な、ななな……)
平井(も、モテ男、恐ろしい……!)
平井(はっ、わたしも帰ろ……)
赤くなっている顔をバンバン叩いた後、そそくさとその場を離れる。
ズンズン進んでいく。
平井(あの人はモテるから言いなれてるんだろうけど)
平井(男の人にかわいいなんて、初めて言われた……)