先輩を好きになるのは必然です
第三話
〇教室(昼休み)
あれから一週間がたった。
浅瀬と昼食をとる。
平井の机の上には、地味な黒いパンとおにぎりが一つ。
浅瀬「それ何?」
平井「羊羹パンとおにぎりだよ」
浅瀬「おいしい?」
平井「うん」
平井はもきゅもきゅと羊羹パンを頬張る。
浅瀬「……最近さ、めっちゃ購買行くよね」
平井「え?」
浅瀬「前はお弁当だったじゃん。ここ一週間全部購買じゃない? なんかあったの?」
平井「なんかって……そんな、特にないよ。たまにはお弁当じゃないのにしてみようかなって。気分転換だよ」
平井(そう、気分転換。あれから毎日購買のおすすめ食べたり、家にあった絵本を読みなおしたりしてるんだけど、それが結構楽しい。失恋したからもっと落ち込むかなと思ったけど、いつもやらないことをしてるからかそんなこと全く……まではいかないけど一人落ち込む時間は少ない、と思う)
平井(たぶん、あの先輩のおかげでだよね)
浅瀬「ふーん。ま、うちは鞠が楽しそうならなんでもいいけどね」
平井「え、楽しそう?」
浅瀬「うん。最近いろいろあったからさ、落ち込むんじゃないかって心配だったけどなんか前よりも楽しそうに見えるし安心した」
平井「むぎちゃん……」
浅瀬「でさ、なんか新しい趣味とか見つけたの? それとも新しい出会い?」
平井「新しい、出会い……」
宮永のことを思い浮かべる。
平井「まあ、あった、かな……」
浅瀬「えっ! マジ!? 正直冗談だったんだけど、マジで新しい出会いあったん!? え、誰誰?」
平井「そんな期待するような話じゃないんだけど……えっと、宮永先輩。三年の宮永京一先輩っていうんだけど……」
浅瀬「……宮永京一……?」
浅瀬の表情が固まる。
浅瀬「宮永、京一って……あの噂の?」
平井「噂……? それって、どんな……?」
浅瀬「あ、うん……まあ、あまりいい話じゃないんだけど、てか鞠の言ってる人と違うかもなんだけど」
平井「うん」
浅瀬「……いや、部活の先輩から聞いた話なんだけど。宮永京一って、顔はキラキラ系の儚げで穏やかな美少年って感じだけど、実際の性格はめちゃくちゃ冷たいらしくて。見た目通り最初は優しいらしいけど、飽きたら捨てられるって。それに理想が高いみたいで、仮に誰かと付き合えたとしても誰とも長続きしないみたい。最初だけ優しいクズだから、女子の間では近づかない方がいいって聞いたけど……」
平井「え……先輩が」
平井(あの先輩が……? そんな風には感じなかったけど、でも最初は優しいって、確かに初対面のわたしにも優しくしてくれた。でも……)
浅瀬「ま、鞠、ゴメン! うち、変なこと言って! でも、こないだあんなことがあったばかりだから、鞠に傷ついてほしくなくて……でも、言わなくていいこと言ったと思う。だから、ゴメン……」
うつむく浅瀬。
平井は眉を下げる。
平井(あんなことって……新田くんのことだよね。確かに新田くんも優しかったけど、ホントはわたしを馬鹿にしてた)
平井(先輩も同じような人かもしれないって、わたしが同じような目にあうんじゃないかって、むぎちゃんは心配してくれてるんだ)
机の下でぎゅっと拳を握る。
平井「むぎちゃん、そんな謝らないで。わたしは大丈夫だから」
浅瀬「鞠……」
平井「先輩が噂どおりの人かどうかまだわからないけど……でも、むぎちゃんが思ってるような関係じゃないから。そもそも二回? 話したくらいだし。だから気にしないで、ね?」
浅瀬を安心させるために笑顔を作る。
平井(わたしの先輩への思いはむぎちゃんが思ってるようなものではないけれど……たった二回会っただけの人だし)
平井(噂どおり、最初だけ優しくしてくれたのかもしれないけど)
平井(でも、あの日楽しかったのも本当で、最近結構楽しいのも本当で)
平井(だから……噂なんて、嘘ならいいのに)
〇教室(放課後)
平井は自分の机で帰る準備をする。
そこに浅瀬が話しかける。
浅瀬「鞠、あのさ……」
気まずそうな様子の浅瀬に気づき、にこっと笑う。
平井「むぎちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それに何かあったらまた頼るから、ね」
浅瀬「鞠……」
平井「これから部活でしょ? 頑張って!」
浅瀬「うん……また明日!」
浅瀬に手を振って見送る。
平井(とはいったものの……)
〇廊下(放課後)
一人廊下を歩く。
平井(気にしないようにしてるのに、気にしてしまう……)
平井(所詮噂だし、と思おうとしても最近人間の裏の部分を知ったばかりなので……そういう話題にはどうしても敏感になってしまう)
平井(……でも、あれから会ってないし、これから会うこともないかもだけど……って、ん?)
宮永が歩いているのを発見する。
平井(せ、先輩!? な、なんでこのタイミングで!?)
慌てて柱の裏に身を隠す。
宮永は平井に気づくことなく歩いていく。
平井(先輩……)
平井(……今、先輩と会っても気まずいだけだし声かけない方が……いいよね)
平井(でも……)
宮永と話したことを思い出す。
平井(先輩と話したい)
柱の裏から飛びだす。
平井「っ先輩……! あれ? 嘘、いない!?」
平井(え、どこに行ったんだろ? えっと、あっち?)
宮永が通ったと思われる廊下を走ってきょろきょろとしていると、空き教室のドアが軽く開いているのを見つける。
そこに駆け寄ってドアを開ける。
窓際の一番後ろの席に宮永が座っていた。
平井「あ……」
宮永「ん、あれ……平井ちゃん? なんでここに?」
平井「あ、えっと……その、さっき歩いてたら先輩の姿が見えて、それで……」
宮永「追いかけてきたの?」
平井「はい、って、あの、別にストーカーしてたとかじゃなくて! 偶然見かけて、それで……」
宮永「わかってるって。別に平井ちゃんのこと疑ってるわけじゃねーから。平井ちゃん、そんな感じじゃないでしょ」
平井「先輩……」
疑われていなかったことに安堵する。
宮永「それに仕方ないよ。平井ちゃんは俺の振りまくオーラに魅了されただけなんだから! だから、堂々と俺に美しいです、って言っていいんだぜ?」
キラキラと輝きを振りまく宮永を見て平井は虚無の顔を浮かべる。
宮永「とりあえず突っ立てないで座ったら? あ、挨拶だけならそれでいいけど」
平井「あ、じゃ、じゃあ……座ります」
宮永「どーぞ」
隣の席に座る。
宮永の横顔を見る。
夕焼けで前髪が煌めいて綺麗だ。
ぼんやりと見つめていると、目があう。
宮永「なに? また俺に見惚れてんの?」
揶揄うような表情にどきっとする。
平井「ち、違います! ただ、夕日が眩しいなって思っただけです!」
宮永「えっ? 違うの? マジかよありえねー」
宮永のふて腐れた様子を見て、微笑むが噂を思いだして表情が曇る。
平井(やっぱり先輩が噂どおりの人だなんて、思えない……思いたくないな)
宮永「……」
宮永「平井ちゃん、どうかした?」
宮永の声にはっとする。
見透かすような瞳を向けられ、慌てて首を振る。
平井「べ、別にどうもしません! ただ、その……あ!」
平井「あの、明日、おにぎり食べます! 昆布の! 今日買いそびれたので!」
宮永「昆布は明日売ってないよ」
平井「え」
宮永「昆布は週三で売ってる。うちの学校特有の謎のルール。明日は鮭だよ。前に言わなかったっけ」
平井「……言ったような、言ってないような……いや、言ってたと思います」
平井(わたし、何間違えてんの~!? というかおにぎり食べますって何!? 何言ってんの、もう!)
平井はあはは、と笑いながら顔を赤くする。
宮永「ぶっ、ぎゃははは!」
平井「っ!?」
宮永「平井ちゃん、真剣な顔して何言うのかと思ったら、おにぎり食べますって! しかも昆布! 会って早々おにぎり食べる宣言されたこと、初めてかも! すげー! ひゃははは!」
平井「な、そんな笑うことないじゃないですか! 別におにぎりの話をしようとしたんじゃなくて、その緊張して間違えたんです!」
宮永「あ、そう? でも……なんか、ゴメン、ツボに入ったみたい……ぶふふ、やべ、ぐふふふ」
平井「笑い声、汚っ」
汚く笑う宮永に呆れる。
平井(お上品に笑ってそうな顔してるのに……)
ははは、とティーカップ片手に上品に笑う宮永を想像する。
平井(でも、まあ、今のも別に悪いわけじゃないけど)
平井(話しやすいし)
平井(……なんか気が抜けたかも)
平井「やっぱり、あんなの……」
宮永「あー、やっとおさまった。ん、なんか言った?」
平井「え、いやなんでも!」
宮永「ふーん? まあ、いいけど。あ、そうだ。平井ちゃん、手だして」
平井「手、ですか」
平井は不思議そうに首をかしげながらも、右手をさしだす。
宮永は、その手を両手で触れ祈るように目を閉じた。
宮永「平井ちゃんの嫌なことが吹っ飛びますように……」
平井「……え?」
平井は、予想もしていなかった出来事に言葉を失う。
宮永「おまじない。平井ちゃんが早く元気になりますよーにって。なんか暗い顔してたからさ」
綺麗な微笑みを向けられ、どくんと心臓が高鳴る。
平井「な、なんですか、おまじないって……そんなのわたし知らないです。ど、どこ情報ですか」
宮永「まあ知らないのも無理はない。なぜなら……」
宮永「新刊の絵本で見たやつだから! ほら、これがその絵本。で、表紙にいんのが王子様。それが、この俺! に似てる! と思ってリスペクトしてんの」
ぱっと手を離される。宮永はリュックの中から絵本を取り出す。
それを見せられる。羽の生えた王子様は、宮永と髪型と瞳の色が同じ。
平井「え、絵本持ち歩いてるんですか……?」
宮永「うん、学校でも暇なとき読んでる。で、この絵本の中に、妖精の国の王子様が眠り続けるお姫様のために祈るみたいな場面があんの。そこでやってるおまじない」
平井「そう、ですか……ってそれはいいですけど、急に手を握るとかは、ちょっとダメです。せ、先輩はこういうの誰にでもやるんでしょうけど……」
宮永「え、やらないよ? これやったのは平井ちゃんが初めて」
平井「は、え……」
目を瞬かせる。
宮永「だって、平井ちゃん。この絵本のお姫様に似てっから」
下心も感じられない清々しい笑顔を向けられ、平井の頬がぼぼぼと染まる。
平井「は、ひえ、おひ、お姫様……って、そのクマとかイノシシとかですかねる」
宮永「いや、人だけど。ほら、これがお姫様」
平井「……可愛いですね」
絵本を開いて、眠るお姫様の手をとって祈る王子様のページを見る。
お姫様は黒髪で質素なドレスを着ている。
平井と髪型と雰囲気が似ている。
宮永「んーとさ、今日平井ちゃん見たときからこのお姫様に似てね、って思ってた。雰囲気とか、他にも……最後は目覚ますんだけど、その時の顔が平井ちゃんに似てる気がして気になってたんだよ。丸っこい目とか」
平井「そ、そうですか……」
平井(……わたしがお姫様。なんて、そんなのありえない。だって……女として見れないって)
平井「……」
宮永「平井ちゃん?」
平井「あ、すみません。何ですか?」
宮永「んー、いや……あ、そうだ。ちょっと待ってて」
宮永はガサゴソとリュックを漁る。
宮永「あった。はい、これ」
差し出された遊園地のチケット2枚を不思議そうに手にとる。
平井「えっと、これは?」
宮永「くじで当たった。けど、俺遊園地に二人で行くような相手いねえからさ。それ、いらんのよ。平井ちゃん、友達とか誰かと行ってきたら?」
平井「え、でも……わたし、先輩から貰ってばかりで」
宮永「いいって、そんなの。それに、マジで使う予定ねえから平井ちゃんがいらねえならただの紙切れになっちまうけど」
平井「……じゃあ、貰います。けど、貰ってばかりなのはよくないと思うので、先輩にも何かあげたいのですが、何か欲しい物はありますか?」
宮永「今? んー、あ! それじゃあ」
〇家のキッチン(夜)
部屋着姿の平井がオーブンから天板を取り出し、台に置く。
平井「……できた!」
こんがり焼けたクッキーを見て、ぱっと笑顔になる。
平井(よかった。綺麗に焼けてる)
平井(まさかクッキーが食べたい、なんて言われると思わなかったけど。クッキーなら何度か作ったことがあるしたぶん味も大丈夫)
平井(先輩、喜んでくれるかな……)
平井「……よーし、冷めたらラッピングするから、その準備しよっと」
〇学校の廊下(昼休み)
一人廊下を歩く。
平井(よーし、ラッピングも綺麗にできたし放課後は先輩にクッキー渡す! あの先輩、美意識高そうだし特に綺麗に焼けたやついれたけど、大丈夫だよね)
平井(ううん! きっと大丈夫! 味には自信あるし!……って、あれは先輩? と)
宮永がペットボトル片手に歩いているのを見かける。その後ろを女子生徒たちが追いかけていく。
平井(可愛い人がたくさん……)
宮永の周りに集まって一緒に歩いている。
それを呆然と見る。
平井(みんな、キラキラしてて可愛い……)
窓ガラスにうつった、地味でパッとしない容姿を見て恥ずかしく思う。
平井(わたし、何やってんだろう)
平井(こんな地味女があんなキラキラした人たちに囲まれてる人に近づいて)
平井(ホント、何やってんだろ)
新田「……平井さん!」
平井「……え?」
振り向くと、1メートルほど離れた場所に真剣な表情を浮かべる新田が立っていた。
平井「……新田、くん」
平井(どうしてここに……新田くんがいるの?)
あれから一週間がたった。
浅瀬と昼食をとる。
平井の机の上には、地味な黒いパンとおにぎりが一つ。
浅瀬「それ何?」
平井「羊羹パンとおにぎりだよ」
浅瀬「おいしい?」
平井「うん」
平井はもきゅもきゅと羊羹パンを頬張る。
浅瀬「……最近さ、めっちゃ購買行くよね」
平井「え?」
浅瀬「前はお弁当だったじゃん。ここ一週間全部購買じゃない? なんかあったの?」
平井「なんかって……そんな、特にないよ。たまにはお弁当じゃないのにしてみようかなって。気分転換だよ」
平井(そう、気分転換。あれから毎日購買のおすすめ食べたり、家にあった絵本を読みなおしたりしてるんだけど、それが結構楽しい。失恋したからもっと落ち込むかなと思ったけど、いつもやらないことをしてるからかそんなこと全く……まではいかないけど一人落ち込む時間は少ない、と思う)
平井(たぶん、あの先輩のおかげでだよね)
浅瀬「ふーん。ま、うちは鞠が楽しそうならなんでもいいけどね」
平井「え、楽しそう?」
浅瀬「うん。最近いろいろあったからさ、落ち込むんじゃないかって心配だったけどなんか前よりも楽しそうに見えるし安心した」
平井「むぎちゃん……」
浅瀬「でさ、なんか新しい趣味とか見つけたの? それとも新しい出会い?」
平井「新しい、出会い……」
宮永のことを思い浮かべる。
平井「まあ、あった、かな……」
浅瀬「えっ! マジ!? 正直冗談だったんだけど、マジで新しい出会いあったん!? え、誰誰?」
平井「そんな期待するような話じゃないんだけど……えっと、宮永先輩。三年の宮永京一先輩っていうんだけど……」
浅瀬「……宮永京一……?」
浅瀬の表情が固まる。
浅瀬「宮永、京一って……あの噂の?」
平井「噂……? それって、どんな……?」
浅瀬「あ、うん……まあ、あまりいい話じゃないんだけど、てか鞠の言ってる人と違うかもなんだけど」
平井「うん」
浅瀬「……いや、部活の先輩から聞いた話なんだけど。宮永京一って、顔はキラキラ系の儚げで穏やかな美少年って感じだけど、実際の性格はめちゃくちゃ冷たいらしくて。見た目通り最初は優しいらしいけど、飽きたら捨てられるって。それに理想が高いみたいで、仮に誰かと付き合えたとしても誰とも長続きしないみたい。最初だけ優しいクズだから、女子の間では近づかない方がいいって聞いたけど……」
平井「え……先輩が」
平井(あの先輩が……? そんな風には感じなかったけど、でも最初は優しいって、確かに初対面のわたしにも優しくしてくれた。でも……)
浅瀬「ま、鞠、ゴメン! うち、変なこと言って! でも、こないだあんなことがあったばかりだから、鞠に傷ついてほしくなくて……でも、言わなくていいこと言ったと思う。だから、ゴメン……」
うつむく浅瀬。
平井は眉を下げる。
平井(あんなことって……新田くんのことだよね。確かに新田くんも優しかったけど、ホントはわたしを馬鹿にしてた)
平井(先輩も同じような人かもしれないって、わたしが同じような目にあうんじゃないかって、むぎちゃんは心配してくれてるんだ)
机の下でぎゅっと拳を握る。
平井「むぎちゃん、そんな謝らないで。わたしは大丈夫だから」
浅瀬「鞠……」
平井「先輩が噂どおりの人かどうかまだわからないけど……でも、むぎちゃんが思ってるような関係じゃないから。そもそも二回? 話したくらいだし。だから気にしないで、ね?」
浅瀬を安心させるために笑顔を作る。
平井(わたしの先輩への思いはむぎちゃんが思ってるようなものではないけれど……たった二回会っただけの人だし)
平井(噂どおり、最初だけ優しくしてくれたのかもしれないけど)
平井(でも、あの日楽しかったのも本当で、最近結構楽しいのも本当で)
平井(だから……噂なんて、嘘ならいいのに)
〇教室(放課後)
平井は自分の机で帰る準備をする。
そこに浅瀬が話しかける。
浅瀬「鞠、あのさ……」
気まずそうな様子の浅瀬に気づき、にこっと笑う。
平井「むぎちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それに何かあったらまた頼るから、ね」
浅瀬「鞠……」
平井「これから部活でしょ? 頑張って!」
浅瀬「うん……また明日!」
浅瀬に手を振って見送る。
平井(とはいったものの……)
〇廊下(放課後)
一人廊下を歩く。
平井(気にしないようにしてるのに、気にしてしまう……)
平井(所詮噂だし、と思おうとしても最近人間の裏の部分を知ったばかりなので……そういう話題にはどうしても敏感になってしまう)
平井(……でも、あれから会ってないし、これから会うこともないかもだけど……って、ん?)
宮永が歩いているのを発見する。
平井(せ、先輩!? な、なんでこのタイミングで!?)
慌てて柱の裏に身を隠す。
宮永は平井に気づくことなく歩いていく。
平井(先輩……)
平井(……今、先輩と会っても気まずいだけだし声かけない方が……いいよね)
平井(でも……)
宮永と話したことを思い出す。
平井(先輩と話したい)
柱の裏から飛びだす。
平井「っ先輩……! あれ? 嘘、いない!?」
平井(え、どこに行ったんだろ? えっと、あっち?)
宮永が通ったと思われる廊下を走ってきょろきょろとしていると、空き教室のドアが軽く開いているのを見つける。
そこに駆け寄ってドアを開ける。
窓際の一番後ろの席に宮永が座っていた。
平井「あ……」
宮永「ん、あれ……平井ちゃん? なんでここに?」
平井「あ、えっと……その、さっき歩いてたら先輩の姿が見えて、それで……」
宮永「追いかけてきたの?」
平井「はい、って、あの、別にストーカーしてたとかじゃなくて! 偶然見かけて、それで……」
宮永「わかってるって。別に平井ちゃんのこと疑ってるわけじゃねーから。平井ちゃん、そんな感じじゃないでしょ」
平井「先輩……」
疑われていなかったことに安堵する。
宮永「それに仕方ないよ。平井ちゃんは俺の振りまくオーラに魅了されただけなんだから! だから、堂々と俺に美しいです、って言っていいんだぜ?」
キラキラと輝きを振りまく宮永を見て平井は虚無の顔を浮かべる。
宮永「とりあえず突っ立てないで座ったら? あ、挨拶だけならそれでいいけど」
平井「あ、じゃ、じゃあ……座ります」
宮永「どーぞ」
隣の席に座る。
宮永の横顔を見る。
夕焼けで前髪が煌めいて綺麗だ。
ぼんやりと見つめていると、目があう。
宮永「なに? また俺に見惚れてんの?」
揶揄うような表情にどきっとする。
平井「ち、違います! ただ、夕日が眩しいなって思っただけです!」
宮永「えっ? 違うの? マジかよありえねー」
宮永のふて腐れた様子を見て、微笑むが噂を思いだして表情が曇る。
平井(やっぱり先輩が噂どおりの人だなんて、思えない……思いたくないな)
宮永「……」
宮永「平井ちゃん、どうかした?」
宮永の声にはっとする。
見透かすような瞳を向けられ、慌てて首を振る。
平井「べ、別にどうもしません! ただ、その……あ!」
平井「あの、明日、おにぎり食べます! 昆布の! 今日買いそびれたので!」
宮永「昆布は明日売ってないよ」
平井「え」
宮永「昆布は週三で売ってる。うちの学校特有の謎のルール。明日は鮭だよ。前に言わなかったっけ」
平井「……言ったような、言ってないような……いや、言ってたと思います」
平井(わたし、何間違えてんの~!? というかおにぎり食べますって何!? 何言ってんの、もう!)
平井はあはは、と笑いながら顔を赤くする。
宮永「ぶっ、ぎゃははは!」
平井「っ!?」
宮永「平井ちゃん、真剣な顔して何言うのかと思ったら、おにぎり食べますって! しかも昆布! 会って早々おにぎり食べる宣言されたこと、初めてかも! すげー! ひゃははは!」
平井「な、そんな笑うことないじゃないですか! 別におにぎりの話をしようとしたんじゃなくて、その緊張して間違えたんです!」
宮永「あ、そう? でも……なんか、ゴメン、ツボに入ったみたい……ぶふふ、やべ、ぐふふふ」
平井「笑い声、汚っ」
汚く笑う宮永に呆れる。
平井(お上品に笑ってそうな顔してるのに……)
ははは、とティーカップ片手に上品に笑う宮永を想像する。
平井(でも、まあ、今のも別に悪いわけじゃないけど)
平井(話しやすいし)
平井(……なんか気が抜けたかも)
平井「やっぱり、あんなの……」
宮永「あー、やっとおさまった。ん、なんか言った?」
平井「え、いやなんでも!」
宮永「ふーん? まあ、いいけど。あ、そうだ。平井ちゃん、手だして」
平井「手、ですか」
平井は不思議そうに首をかしげながらも、右手をさしだす。
宮永は、その手を両手で触れ祈るように目を閉じた。
宮永「平井ちゃんの嫌なことが吹っ飛びますように……」
平井「……え?」
平井は、予想もしていなかった出来事に言葉を失う。
宮永「おまじない。平井ちゃんが早く元気になりますよーにって。なんか暗い顔してたからさ」
綺麗な微笑みを向けられ、どくんと心臓が高鳴る。
平井「な、なんですか、おまじないって……そんなのわたし知らないです。ど、どこ情報ですか」
宮永「まあ知らないのも無理はない。なぜなら……」
宮永「新刊の絵本で見たやつだから! ほら、これがその絵本。で、表紙にいんのが王子様。それが、この俺! に似てる! と思ってリスペクトしてんの」
ぱっと手を離される。宮永はリュックの中から絵本を取り出す。
それを見せられる。羽の生えた王子様は、宮永と髪型と瞳の色が同じ。
平井「え、絵本持ち歩いてるんですか……?」
宮永「うん、学校でも暇なとき読んでる。で、この絵本の中に、妖精の国の王子様が眠り続けるお姫様のために祈るみたいな場面があんの。そこでやってるおまじない」
平井「そう、ですか……ってそれはいいですけど、急に手を握るとかは、ちょっとダメです。せ、先輩はこういうの誰にでもやるんでしょうけど……」
宮永「え、やらないよ? これやったのは平井ちゃんが初めて」
平井「は、え……」
目を瞬かせる。
宮永「だって、平井ちゃん。この絵本のお姫様に似てっから」
下心も感じられない清々しい笑顔を向けられ、平井の頬がぼぼぼと染まる。
平井「は、ひえ、おひ、お姫様……って、そのクマとかイノシシとかですかねる」
宮永「いや、人だけど。ほら、これがお姫様」
平井「……可愛いですね」
絵本を開いて、眠るお姫様の手をとって祈る王子様のページを見る。
お姫様は黒髪で質素なドレスを着ている。
平井と髪型と雰囲気が似ている。
宮永「んーとさ、今日平井ちゃん見たときからこのお姫様に似てね、って思ってた。雰囲気とか、他にも……最後は目覚ますんだけど、その時の顔が平井ちゃんに似てる気がして気になってたんだよ。丸っこい目とか」
平井「そ、そうですか……」
平井(……わたしがお姫様。なんて、そんなのありえない。だって……女として見れないって)
平井「……」
宮永「平井ちゃん?」
平井「あ、すみません。何ですか?」
宮永「んー、いや……あ、そうだ。ちょっと待ってて」
宮永はガサゴソとリュックを漁る。
宮永「あった。はい、これ」
差し出された遊園地のチケット2枚を不思議そうに手にとる。
平井「えっと、これは?」
宮永「くじで当たった。けど、俺遊園地に二人で行くような相手いねえからさ。それ、いらんのよ。平井ちゃん、友達とか誰かと行ってきたら?」
平井「え、でも……わたし、先輩から貰ってばかりで」
宮永「いいって、そんなの。それに、マジで使う予定ねえから平井ちゃんがいらねえならただの紙切れになっちまうけど」
平井「……じゃあ、貰います。けど、貰ってばかりなのはよくないと思うので、先輩にも何かあげたいのですが、何か欲しい物はありますか?」
宮永「今? んー、あ! それじゃあ」
〇家のキッチン(夜)
部屋着姿の平井がオーブンから天板を取り出し、台に置く。
平井「……できた!」
こんがり焼けたクッキーを見て、ぱっと笑顔になる。
平井(よかった。綺麗に焼けてる)
平井(まさかクッキーが食べたい、なんて言われると思わなかったけど。クッキーなら何度か作ったことがあるしたぶん味も大丈夫)
平井(先輩、喜んでくれるかな……)
平井「……よーし、冷めたらラッピングするから、その準備しよっと」
〇学校の廊下(昼休み)
一人廊下を歩く。
平井(よーし、ラッピングも綺麗にできたし放課後は先輩にクッキー渡す! あの先輩、美意識高そうだし特に綺麗に焼けたやついれたけど、大丈夫だよね)
平井(ううん! きっと大丈夫! 味には自信あるし!……って、あれは先輩? と)
宮永がペットボトル片手に歩いているのを見かける。その後ろを女子生徒たちが追いかけていく。
平井(可愛い人がたくさん……)
宮永の周りに集まって一緒に歩いている。
それを呆然と見る。
平井(みんな、キラキラしてて可愛い……)
窓ガラスにうつった、地味でパッとしない容姿を見て恥ずかしく思う。
平井(わたし、何やってんだろう)
平井(こんな地味女があんなキラキラした人たちに囲まれてる人に近づいて)
平井(ホント、何やってんだろ)
新田「……平井さん!」
平井「……え?」
振り向くと、1メートルほど離れた場所に真剣な表情を浮かべる新田が立っていた。
平井「……新田、くん」
平井(どうしてここに……新田くんがいるの?)