先輩を好きになるのは必然です
第四話


呆然とした表情の平井と真剣な表情の新田が向かい合う。

新田「平井さん、話があるんだ」
平井「えっ? 話……?」
新田「うん、少し長くなるんだけどいいかな?」

平井(話って何? それに、裏でわたしを馬鹿にしてた人が話すことって一体なんなの?)

平井「……あの、わたし急ぐから」
新田「待って! こないだ、俺が話したこと聞いてたんだよね?」
平井「……っ」

去ろうとしていた足を止める。

平井(嘘、気づかれてた!? なんで!? ……でも、それを知ってるなら今更何を話そうとしてるの?)

新田「あの時、平井さんを侮辱することを言ってゴメン。でも、あれは……」
新田「俺の本心じゃなくて、あの時はああ言わないと……平井さんが」
平井「わたし……?」

苦しそうな顔をする新田に困惑する。
チャイムが鳴る。

平井「……あの、教室に行かないと」
新田「うん。……ゴメン、また後で放課後に校舎裏に来てくれないかな? その時、続きを話すから」
平井「……」
新田「信じられないのは当然だと思う。でも、俺平井さんにだけは誤解されたままは嫌で……わがままだとわかってるんだけど、俺放課後平井さんが来るまで待ってるから。必ずきてほしい。……先に行くね、それじゃあ」

去っていく新田を複雑な表情で見送る。

平井(新田くん、放課後に待ってるって……正直行きたくはないけれど)
平井(でも、新田くんのあの表情。何か事情があるのかもしれない。……でも)

教師「こら、何してる! 早く教室に行きなさい!」
平井「は、はい! すみません!」

小走りで教室へ向かう。

平井(……どうすればいいんだろう)


〇教室(放課後)

自分の机で帰り支度をする。

浅瀬「鞠、帰るの?」
平井「……うん。むぎちゃんは部活だよね? ガンバ!」
浅瀬「うん、頑張るー! それじゃ、またね~」

浅瀬を見送る。バッグの中にあるクッキーを一度見つめる。

〇校舎裏(放課後)

新田が校舎裏に立っている。
平井に気づき、近寄ってくる。

新田「平井さん、来てくれたんだね」
平井「うん……でも、わたしこの後用事があるから早めに終わらせてほしいんだけど……」
新田「う、うん。わかった」

新田は一瞬目を見開いたが、その後真剣な顔をする。

新田「実は……信じられないかもしれないけど俺、平井さんのことが好きなんだ」
平井「えっ……?」
平井「でも、教室ではわたしのこと……悪く言ってたよね?」 
新田「うん。でも、あれにはわけがあって……あの場にいた他のやつ、あいつらと俺は仲がいいわけじゃないんだ。でも、あいつら俺が平井さんを好きだって気づいてから絡んでくるようになって……」
新田「あいつらと中学が同じだったから知ってるんだけど、あいつら好きな子がいるやつを狙っていじめをしてたんだ」
平井「い、いじめ?」
新田「ああ。問題なのは狙われるのは男子じゃなくて、女子の方だってところで……女子を狙って結構やばめのいじめをしてたみたいなんだ。だから、俺の好きな人が平井さんだってバレたら平井さんが酷い目にあうかもしれない。そう思って、嘘をついてた。でも、それで平井さんを傷つけてたなんて……平井さんを庇うためだとしても傷つけてしまって本当にゴメン」
平井「に、新田くん……」

新田は勢いよく頭を下げる。
平井はおどおどする。

新田「でも、本当に平井さんのことが好きなんだ。あいつらのことは俺がなんとかするから、だから俺と付き合ってくれないか」
平井「え……」

困惑する平井。

平井(ど、どうしよう。こんなことになるなんて予想もしてなかったから、頭が回んない。えっと、わたし新田くんに告白されてるの? でも、なんでわたしのことなんか……)

平井「新田くんがわたしを好きって、そんなの信じられないよ……わたしなんかのどこが好きなの?」
新田「……平井さんのいつも周りを見て気遣っているところ。吉川が家族になんかあったから帰らないといけないって時、掃除かわってあげてたよな。みんな嫌そうにしてたのに平井さんだけが嫌な顔一つせずにやってたの、凄いなって思ったよ。あれから平井さんのこと気になってたんだ」
平井「別にそんな……大したことじゃないよ。それに吉川さんも好きでそうしてるわけじゃないんだし……」
新田「いや、みんなができないことができるの本当に凄いと思う。尊敬するよ。他にも困ってる人を見つけたら助けてるところ、普通できないよ。そんな凄いところを好きになったんだ」

平井は照れたような顔でうつむいた。

平井(別に誰かに褒められたくてやったことじゃないけど、でもそんな風に言ってもらえるなんて……)

新田「あの日、平井さんを傷つけてしまったことは何度でも謝るよ。だけど、この気持ちは本物なんだ。……だから、平井さん俺と付き合ってくれないかな」
平井「……新田くん」

両手を組み、深呼吸をする。
そして、勢いよく頭を下げる。

平井「ごめんなさいっ! 新田くんと付き合うことはできないです」
新田「え……? や、やっぱりあの日のことで、だよね? でも、俺は」
平井「確かにあの日のこともあるし前は新田くんのこと好きだった、と思います。……でも、わたし……今気になっている人がいるんです。だから、ごめんなさい……」
新田「……それって、宮永京一?」
平井「えっ……、どうして」
新田「そんなの学校で噂されてるからさ。最近宮永が一年の女子にちょっかいだしてるって。それに、女子が平井さんと宮永が一緒にいるところ見たって言ってたよ」
平井「……っ」
新田「なあ、平井さん。宮永はやめた方がいい。宮永自体評判悪いじゃないか。女子を散々弄んで飽きたら捨てるって。宮永に騙されてるんだよ。それに、クラスの女子が平井さんのことどういう風に言ってたか知ってる? 釣り合ってない、可哀そうって言ってたんだよ。宮永といるせいで!」

平井が顔色が悪くなるのを見て、新田は安心させるように微笑む。

新田「だから、平井さん。宮永じゃなくて俺にしておこうよ。俺と付き合えば平井さんのこと、ちゃんと大事にするし女子からだってそんなに悪く言われなくなる。だから、俺と付き合おう?」

平井(……確かに宮永先輩といれば、遅かれ早かれわたしを悪く言う人がでてくるのは当然だろう。それを知って傷ついたのもそうだけど、気にいらないと思われるのもわかる。だけど……)

平井「ごめんなさい」
新田「……どうして」

うつむいた顔を上げて、真剣な表情で新田を見上げる。

平井「新田くんの話はわかったけど……悪口を言われるからだとか先輩に騙されてるだとか、そんな理由で新田くんと付き合うのは違うんじゃないかな。それに……新田くんに失礼だと思うし、だからごめんなさい」
新田「……そっか。わかった」

うつむいた新田に、声をかけようとする。

平井「新田く……」
男子生徒1「はい、新田の負けー!」
平井「え……」

新田の後ろの木の裏から男子生徒三人がぞろぞろとでてくる。
平井は困惑する。

平井(この人たちって、確かあの日新田くんといた……)
平井(でもなんで今……)

平井「新田くん、この人たち……」

新田がだるそうに舌打ちをする。

新田「んだよ、俺の負けかよ」

平井(え……?)

男子生徒2「よっしゃー! ぜってえ勝てるって思ってたけど、嬉しー! 新田、俺ら全員に払えよ~」
男子生徒3「マジでラッキー。平井さん、あざーす」
新田「つか、三人ともそっちに賭けるとかひどくね? マジでありえねえ」
男子生徒1「そりゃ、お前普通あんなの聞いて好感度ガタ落ちに決まっってんべ。なんでいけると思ったんだよ」
新田「はあ? んなの決まってるだろ?」

平井の目の前に近づいてくる。

新田「こいつがクラスで一番チョロくて舐められてる馬鹿女だからだよ」

心底馬鹿にした表情で嘲笑され、平井は目を見開いて硬直する。

新田「マジでこいつ見てると笑えるわ。掃除の時だって、吉川は合コン行くってみんな知ってたから嫌がってんのにお前は気づいてねえし、裏で吉川たちにめっちゃ馬鹿にされてんの。知らなかっただろ?」
平井「……」
新田「こんな馬鹿女に時間使うとかクソすぎるけど、罰ゲームだから仕方なく優しく接してんのに気づいてもねえし。この俺がお前みたいな地味女に話しかけるとかマジで最悪だったわ」
男子生徒1「おい、そんなに言ったら平井さんかわいそうじゃん。平井さん、泣いちゃうよ?」

平井(……そっか)
平井(この人たち、初めからわたしで賭けをしてたんだ)

平井はうつむいている。

男子生徒2「じゃあ、平井さんが泣いている方に賭けるわ」
男子生徒3「俺も~」
男子生徒1「みんな泣いてる方に賭けたら意味ねえじゃん」
新田「どうでもいいわ。……おい、泣いてんの?」

にやにやと笑う新田と男子生徒たち。
平井が顔をあげる。
真面目な表情で新田を見る。新田はたじろぐ。

新田「は? なに見てんだよ」
平井「……あの、用が済んだなら帰ってもいい?」
新田「は?」
平井「用事があるから。それじゃあ」

平井の携帯電話が鳴る。
画面にむぎちゃん、と表示されている。

平井(むぎちゃん? 何かあったのかな)

平井「はい」
浅瀬「鞠! あのね、昨日言った噂の件なんだけど」
浅瀬「あれ、嘘だって!」

平井は目を見開く。

浅瀬「宮永京一にフラれた人たちが結構いて、その人たちが腹いせに流したデマらしいよ! 部活の先輩に聞いて回ったら、三年の間では嘘だって広まってるって。だから、わたしから言っておいてなんだけどあの噂気にしないで! 振り回してゴメン!」
平井「嘘……?」
浅瀬「うん! だから、鞠も気にしないでドンドンアタックしちゃえ!」
平井「そう、だったんだ……」

平井(あの噂が嘘……)

携帯電話を、持つ手が震える。
平井は安堵したように笑う。

平井「よかった……っ」
平井「むぎちゃん、ありがとう。あのね……あ」

新田に肩をつかまれる。
スマートフォンをバッグの中にしまう。

新田「ちょっと待てや」
平井「……えっと、わたし、もう行くから……」
新田「俺の財布空にしておいて、何もないだあ? 詫びくらいいれろや!」
平井「……わたしが詫びることなんて、ないと思うけど。それに急ぐから」
新田「ってめえ……!」
平井「きゃっ……!」
男子生徒「おい、新田、暴力とかはちょっとまずいんじゃ」

背後から思い切り押されて転ぶ。
携帯電話をとった際開けたままのバッグから、クッキーが入った可愛い袋が落ちる。
それを慌てて拾う。

平井(よかった、割れてない)

ほっとする。

新田「なんだ、この気持ちわりいもんは」
平井「あ、それは……!」

宮永のアクリルスタンドが転がっていた。

平井(あれはバッグに入れっぱなしにしてた先輩のアクスタ……なんであそこに)

はっとする。

平井(さっきクッキーと一緒に落ちたんだ……!)

新田「てめえ、こんな気持ちわりいもん作ってたのか」
平井「えっ、ちょっとそれに触らないで……」

新田がアクリルスタンドを踏み潰す。
宮永がポーズを決めたアクリルスタンドが無残に割れていた。

平井「あ……」

土で汚れたアクリルスタンドに手を伸ばす。

新田「はっ、こんなもん持ってくるのが悪い」
平井「……ひどい」
新田「うっせえんだよ。おまけにその菓子どうせ宮永にやるやつだろ? それもぶっこわしてやる」
平井「っやめて……!」

平井がバッグを抱える。
新田が平井ごとバッグを蹴ろうとする。

ひゅん、と何かが新田に投げられる。
新田の背中にそれが当たる。

新田「いてっ、なんだ……?」
新田「って、てめえは……宮永!」
宮永「はーい、宮永でーす」

平井(宮永先輩……! なんでここに)

宮永「平井ちゃん、昨日クッキーくれるって約束したのになかなか来ねえから探したよ。でも、まさかこんなことになってるとは、ね」

平井を庇うように前に立つ。

宮永「てか、あんた何してんの。 いじめ?」

宮永が冷たい眼差しを新田におくる。

新田「別に、あんたには関係ねえだろ」
宮永「いや、いじめてるところ見つけてそいつとの関係とかどうでもいいっしょ」
宮永「あんた、いい歳して何してんだよ」
新田「うるせえな。てめえこそ女の前でカッコつけてんじゃねえぞ……! チビが」
宮永「うわ、出た。言えることないからとりあえずチビ発言。どいつもこいつもチビチビって。他に俺に勝てるとこないのかよ、ダサ男くん」
新田「ってめえ、マジでうぜーんだよ!」

かっとなった新田が宮永の顔を殴る。

平井「せ、先輩……!」

立ち上がった平井が宮永に駆け寄る。
宮永は立ったまま、新田を見る。宮永の頬が赤くなり口元から血がでている。
新田はにやりと笑う。

新田「はっ、ざまあみろ」
平井「先輩、顔が……大丈夫ですか! 嘘、血がでてる……、早く保健室に」

宮永は青ざめる平井を安心させるように笑う。

宮永「大丈夫。痛くねえから。それに……もういいだろ」 
平井「え、なにが……」
宮永「おーい、今のどうだ?」

宮永が窓に向かって声を張り上げる。
すると、窓から眼鏡の男子がスマートフォンを手にぬっと顔をだす。

眼鏡男子「バッチリだ」
新田「は? ……てめえ、何とってんだ!」
眼鏡男子「何って、君が暴力を振るう決定的瞬間だ。よく撮れている。最近のスマホは凄いな」
宮永「だろ? だから、お前も早く機種変しろって」
眼鏡男子「必要ない。僕がスマホに求めている機能はメールだけだ」
新田「おい、てめえ、そのスマホよこせや! ぶっこわしてやる!」
眼鏡男子「おっと怖いな。脅迫か。動画にしておいてよかった」

窓に向かって手を伸ばすも、眼鏡男子が窓を閉める。

新田「てめえら、俺をはめやがったな!」
宮永「はは、三年を甘く見た罰だ。それに、そろそろ頃合いかな」
新田「は? ……げ、あいつは」
体育教師「お前ら! 一体何をしてる! 全員そこを動くな!」

体育教師が走ってくる。

新田「ちっ、お前ら逃げるぞ……って、あいつらいねえ!」
宮永「お仲間なら我先にと逃げたぞ、ははは、お前見捨てられてんじゃん、だせえ」
新田「くそ、覚えてろ……!」
体育教師「待て、お前止まれ! クソ、絶対に逃がさんぞ! 宮永、お前は後で生徒指導室に来なさい。そこの女子も! まずは保健室に行け!」
宮永「はーい」
平井「は、はい!」

体育教師が猛スピードで走り抜けていき、遠くで新田が確保される。
ガラ、と窓が開き、眼鏡男子と大量の男子が顔をのぞかせる。
その光景に平井はびくっとしてしまう。

眼鏡男子「おい、野次馬が集まってきたし僕は帰るぞ。ほら、これを持っていけ。証拠にはなるだろう」
宮永「サンキュ、先崎」
三年男子「おい、宮永喧嘩か?」
宮永「いや、俺は被害者。喧嘩とかじゃねえよ」
三年男子「マジかよ、おい」
三年男子「やべえじゃん」
宮永「なんかあったらみんな頼んだ!」
三年男子「おう、一年坊主なんてこてんぱんにしてやる!」
三年男子「やったるぜー!」
眼鏡男子「それじゃあ、宮永。明日の昼奢るの忘れるなよ。じゃあ」

ガラっと窓を閉める。
三年男子たちもわいわい去っていく。
二人きりになる。

平井「先輩、あの……」
宮永「平井ちゃん」
平井「は、はい……」

真剣な表情の宮永が近づいてくる。
宮永が両手で平井の頬をむにゅと掴んだ。

宮永「心配した」

平井は間抜けな顔のまま、息をのむ。

宮永「遠くから平井ちゃんとあいつの姿が見えて……ゾッとしたよ。ホント、……」
平井「せ、先輩……」

手を離し、宮永は心配そうな表情を浮かべる。

宮永「無事? 怪我とかしてねえ?」
平井「……してません。わたしは大丈夫です。……でも」
平井「先輩のアクスタが割れちゃって……それに先輩の顔まで。わたしが馬鹿だったんです。新田くんに呼び出されて……のこのこ行って。もっと警戒するべきでした。先輩が大事にしてるもの、傷つけてしまってごめんなさい」
宮永「んなの、どうだっていい。アクスタも顔も、どうにだってなるからさ」
宮永「可愛い後輩守れたんなら、それでいいよ」

にかっと明るく笑う宮永。
それを見て、ぼろっと涙がこぼれる。
あたふたとしだす宮永を見て、泣き笑いの表情を浮かべる。

平井(ああ、もう。こんなのもう認めるしかない)
平井(わたし、この人を好きになってるんだ)


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