先輩を好きになるのは必然です
第五話
〇自室(夜)
ベッドに座りながらスマートフォンで電話をする。
浅瀬「はあ!? あいつ、そんなことまでしたの!?」
平井「むぎちゃん、声でかいよ……」
浅瀬「あ、ゴメン……でも、あいつ演技してまで鞠を騙そうとするなんて、マジでヤバイね。ホント、鞠が無事でよかった」
平井「うん。わたしも新田くん……あの人にのこのこついていった結果こんなことになっちやって……今度からはもっと気をつける」
浅瀬「うん。てか、今度はうちのことも頼ってね!」
平井「うん、次、何かあったら頼るよ」
浅瀬「それで……その後生徒指導室に行っていろいろ相談してきたと」
平井「うん。先生ももっと校内の見回りを強化するし、集会で呼びかけるって。新田くんのことは、まだ全部決定したわけじゃないけど、少なくとも反省文と親への報告はするみたい」
浅瀬「まあ、そのくらいはしてもらわないとね。先輩とは保健室のとこで別れたんだっけ?」
平井「うん、治療した後も時間かかるし終わったら先帰っててって。……先輩、大丈夫かな」
浅瀬「心配なら連絡してみたら? ニャイン、交換したんでしょ?」
平井「あ、そうだった。むぎちゃんとの電話終わったら送ってみようかな」
そこで、遊園地のチケットの存在を思い出しはっとする。
平井(そうだ、あのチケットのこと言わないと……)
平井「ねえ、先輩から遊園地のチケット二枚貰ったんだけど、今度の休み二人で行かない?」
浅瀬「うーん、それはやめとこうかな」
平井「え、何で?」
浅瀬「だって、せっかくの遊園地のチケットだよ? うちと行くより先輩誘った方がいいんじゃない?」
平井「え、先輩?」
浅瀬「だって、鞠。……先輩のこと、好きなんじゃないの?」
平井「う、それは……」
浅瀬「開口一番、先輩のこと好きになったかもーって言ったの鞠じゃん」
平井「でも、先輩遊園地あんまり好きじゃないって……それにただの後輩と遊園地なんて行くかなあ」
浅瀬「いいから、まずは誘ってみなよ! ダメだったら一緒に行くからさ。んじゃ、今から連絡して。電話切るよ!」
平井「あ、むぎちゃ……切っちゃった」
平井「仕方ない。ダメもとで誘ってみよう」
ニャインを開く。
一分後。
画面には、平井の『おつかれさまです。平井です。遊園地のチケットのことなんですけど友達が行けないみたいで、よかったらなんですけど先輩一緒に行けませんか?』という文字と、宮永の『いいよー』という文字と猫のOKスタンプが表示される。
平井「えっ、えっ、ちょっと、嘘。む、むぎちゃん……」
電話をかける。
平井「OKだって!」
浅瀬「マジ!? よっしゃあ! 鞠、これは気合入れないと!」
平井「気合、って……?」
浅瀬「そりゃデートなんだから、超お洒落して行くに決まってんじゃん! メイクとか服とか!」
平井「え、でも……わたし地味だしお洒落しても意味ないんじゃ……」
母親の冷たい眼差しと言葉を思い出し複雑な表情を浮かべる。
浅瀬「そんなことないって! てかうちもメイクとかはわかんないし、お洒落しても似合うかわかんないけど、とりあえずやってみなきゃわかんないじゃん! それに、宮永先輩って超美形だからめっちゃモテるんでしょ? 可愛い人が宮永先輩の周りによくいるし……あんまり言いたくないけど」
浅瀬「鞠……このままじゃ、そいつらに先輩取られちゃうよ! それでいいの? せっかく好きになったんだし、まずはいろいろできることやってこうよ! うちもできる限り協力するからさ」
平井「むぎちゃん……」
浅瀬の言葉を受けて、平井は考える。
平井(確かに、昨日先輩の周りにいた人……みんな可愛かった。それに比べてわたしは野暮ったくてダサくて地味で……このままじゃ先輩に意識してもらうなんて十年、いや一生ないかも)
平井(何もしてないのに諦めるとか、そんなの……絶対やだ)
平井「むぎちゃん。わたし、やってみる! 今まで自分に似合わないとか決めつけてたけど、そんなこと言ってても何も変わんないし、まず頑張ってみる!」
浅瀬「鞠……うん、がんばろう! うちもいろいろ調べてみる」
平井「ありがとう。……ただ」
浅瀬「ただ?」
平井「遊園地のチケット、期限が今週の日曜までなんだよね。だから、一週間しかないんだけど」
浅瀬「……」
浅瀬「もうやるしかない! 一週間でやれるとこまでやるしかない! 鞠、明日コスメショップ行くよ! あと服も! OK?」
平井「う、うん! やってやる!」
浅瀬「よし! それじゃあ先輩に意識してもらう作戦! 明日から一週間、本気出すぞー!」
平井「おー!」
腕を高くあげる。
ニャインの画面には、宮永からの『クッキー美味しかった!』のメッセージが表示された。
〇自室(放課後)
あれから一週間。
浅瀬と放課後、コスメを買いに行ったりメイクを練習したり服を買ったりと忙しく過ごした。
明日が遊園地に行く日。
平井と浅瀬は平井の自室に集まっていた。
平井は、今日購入した服に着替えている。
浅瀬は平井の自室のドアの前で待機している。
浅瀬「鞠、入っていいー?」
平井「う、うん!」
浅瀬が部屋に入る。
ゆるめの可愛い服を着た平井がおどおどと立っている。
平井「どう?」
浅瀬「うん、いいじゃん!」
平井「ホントに? なんか結構派手かなって思うんだけど、大丈夫かな」
浅瀬「大丈夫だって。そんな派手じゃないし、スニーカーとも合いそうだしそれでよさそうだね。メイクも基本的なことはできるようになったし、これで明日は戦えるね!」
平井「……うん! むぎちゃん一週間つきあってくれてありがとう。これ、お礼なんだけど……」
平井がラッピングされた袋を渡す。
浅瀬「え、いいのー? ありがと! あ、これ鞠が買ったリップと同じやつじゃん!」
平井「うん。色違いなんだ。むぎちゃん、欲しいって言ってたよね? 今回むぎちゃんがいなかったら、わたし何もできなかったかもしれないから。だから、本当にありがとう」
浅瀬「鞠……いいって、うちも結構楽しかったし。けど、明日どうなったかは教えてよね!」
平井「うん! わたしも、むぎちゃんに好きな人ができたら絶対協力するから!」
浅瀬「お! んじゃその時は頼りにしてますよ~」
平井「うん!」
浅瀬が帰るのを見送る。
ルームウェアに着替えて、ベッドに座る。
スマートフォンを片手にぼんやりとする。
ニャインの画面には、宮永の『明日楽しみー』というメッセージが表示されていた。
平井「いよいよ明日……先輩と遊園地……」
ニャインで『わたしも楽しみです!』と返信する。
平井「わあああ~……楽しみ……」
想像してベッドでのたうち回る。
壁にかかった服とテーブルに置きっぱなしのコスメを見る。
平井「先輩……わたしのことちょっとでも可愛いって思ってくれるかな」
平井「……よし、明日は朝早く起きて準備しよ」
平井「……でも」
平井「楽しみすぎて、寝れる気がしない……」
〇遊園地前の広場(朝)
平井はがやがやと人ごみの中、宮永を待っている。
平井(なんか、思ったよりもちゃんと寝れた)
平井(朝も早く起きれたし、準備も練習通りできたし……あとは)
平井(先輩を待つだけなんだけど)
スマートフォンを開いて時間を確認した後、きょろきょろと周りを見渡す。
平井(先輩、遅いな……)
向こうの方でざわざわと女性たちの声がする。
平井(なんか騒がしいけど何かあったのかな)
ざわめきがする方を見ていると、宮永が姿を現す。
制服と違う大人っぽい私服姿にドキッと心臓が高鳴る。
平井(嘘、先輩の私服……かっこよすぎる)
宮永はきょろきょろと周りを見渡した後、平井に気づき、ぱっと明るい表情を浮かべる。
駆け寄ってきた宮永。
宮永「平井ちゃん、遅れてゴメン。なんか電車が遅れてさ……」
平井「い、いえ! 大丈夫です。わたしもさっき来たばかりなので」
宮永「そう? ならいいけど……てか、平井ちゃん」
平井「はい?」
宮永はにかっと笑う。
宮永「今日の平井ちゃん、めっちゃ可愛いな」
平井の頬がぼっと赤くなる。
平井(せ、先輩に可愛いって言ってもらえた……う、嬉しい……!)
照れてうつむく。
平井「えっ、あ、そう……ですか?」
宮永「うん、私服初めて見たけど可愛いじゃん。お洒落して来てくれたん?」
平井「は、はい。先輩も私服、凄く似合ってます!」
宮永「マジで? えー、嬉しー。こないだ新しく買ったんだよね。まあ、俺ならどんな服でも着こなせるけどさ。褒められると嬉しーよね。あ、てか、もう開園してるんだっけ」
平井「さっき開園したみたいです」
宮永「そ? じゃあ、俺らも行こっか」
平井「は、はい……!」
宮永と共に並んで歩く。
宮永「まず何しよ。平井ちゃん、何か気になるとこある?」
平井「えっと……これはどうですか? 夢きゃわ☆うさぎさんコースター。オススメらしいです」
宮永「夢きゃわ? よくわかんねえけど、なんか面白そーだしそこ行くか。あ、耳あんじゃん。耳買おうぜ!」
平井「は、はい!」
平井(遊園地、せっかく先輩と二人で来たんだから……絶対に楽しまなきゃ!)
〇噴水広場前のベンチ(昼前)
ベンチにぐったりした宮永が座っている。その前に平井は立っている。
平井(と思ったんだけど……)
宮永「ひ、平井ちゃん、次どうする……?」
平井「せ、先輩……次よりも今、大丈夫、じゃなさそうですけど……」
宮永「……やっぱり、そう思う?」
平井「はい……」
一番最初に乗ったジェットコースター。
そして、乗った後宮永は酔った。
宮永「おかしいな、このジェットコースターって小学生でも乗れるやつって書いてたよな? なんで俺酔ってんだろ」
平井「うーん、結構子供向けのジェットコースターだと思いますけど……先輩、一回休んだ方がいいと思います。わたし、何か飲み物買ってくるので……」
宮永「うん、おねがい……」
青ざめてぐったりした宮永を置いて、自動販売機まで走る。
平井(まさか、子供向けのでも酔うなんて……先輩、そういう体質なんだろうな)
麦茶を買って帰る。
平井「先輩、お茶買ってきました。飲めますか?」
宮永「うん……ありがと」
平井「先輩、さっきよりも顔色悪くなってますし、一旦横になりませんか?」
宮永「あ、そうだね……はあ。なんか、いろいろゴメン」
平井はハンカチをベンチの端にしく。
宮永はのろのろと頭をのせる。
平井「いいえ、わたしは全然大丈夫なんで。ここ涼しいし、人気もあまりないのでちょっと休憩しましょう。もし何か欲しい物があったら、わたし買ってくるので遠慮なく言ってください!」
宮永「うん。……はあ、今の俺、カッコよくないなあ」
平井「え?」
宮永「今日の俺もイケてたのに、今は後輩に介護されてる……子供向けのジェットコースターで酔うなんて、全然かっこよくない……」
宮永はぼそぼそとぼやく。
平井「別に、いつもイケてなくなっていいじゃないですか」
宮永「え……?」
平井「先輩だって人間なんだし、人間どこか欠点があるのが普通です。わたしもそうだし。それに、先輩が子供向けのジェットコースターで酔っても泣いても、わたしは先輩のこと好……」
宮永「……ん? なに?」
平井「す、凄くカッコいいと思います! 心配しなくても先輩はいつでもイケてますよ! あはは! あ、あそこでアイス売ってる! 先輩、わたし買ってきますけど、先輩はいります?」
宮永「んー、なんか氷っぽいやつあったらそれがいい……」
平井「わかりました! すぐに行ってくるので、先輩はここで待っててください」
ダッシュする平井。それを横目で見つめる宮永。
宮永「……変な子」
〇噴水広場(昼)
顔色が良くなった宮永が笑顔でのびをする。
宮永「ふっかーつ!」
平井「よくなったみたいでよかったです。でも無理しないでくださいね」
宮永「おう! んじゃ、次はどうする?」
平井「そうですね……」
平井はマップを見て、うなる。
平井(先輩酔いやすいみたいだし、もう乗り物系はやめた方がいいよね。うーん、それなら)
平井「先輩、ここおむすびの精の森があるらしいですよ。ここ気になりません?」
宮永「おむすびの精……めっちゃ気になる。ここ、行こーぜ」
平井「はい」
平井と宮永がいろんな場所を巡る。
おむすびの精と写真を撮ったり、おにぎりを食べたり、おみやげ売り場でお菓子を買ったり、マジックショーを見たりと乗り物に乗らず、ゆっくりと楽しむ。
〇夢きゃわ☆キャッスル頂上(夜)
人がまばらにいる頂上で二人は城下を見下ろす。
塀に腕をのせて、だらっとした体勢の宮永。
宮永「ここでよかったの?」
平井「はい?」
宮永「パレード見る場所。下の方がよく見えると思うけど」
平井「でも凄く混んでるし……ここからだと夜景みたいじゃないですか? あ、でも先輩は下の方がよかったですか?」
宮永「……いや、俺人混み苦手な方だから、こっちのが助かる」
宮永「楽しかったなー」
平井「はい。おにぎりズ可愛かったですね! お土産も買えたしマジックショーも凄かったし!」
キラキラした目で語る平井を、宮永が微笑ましいものを見る目で見つめる。
宮永「平井ちゃん、これ」
平井「えっ……これっておにぎりズの」
おにぎりズのキーホルダーを渡される。
宮永「今日迷惑かけたってお詫びと楽しかったっていう気持ち。貰ってよ」
平井「いえ、あの……」
平井もバッグからおにぎりズの色違いを出す。
平井「わたしも、先輩に今日のお礼と思い出として渡したくて」
宮永「マジで? 同じもん渡そうとしてたとか凄くね? 運命じゃん」
夢きゃわ妖精「運命きゃわ~」
後ろから聞こえた声にビクッと肩が跳ねる二人。
振り向くと、夢きゃわ妖精の着ぐるみが暗がりに立っていた。
宮永「え、怖……」
夢きゃわ妖精「怖くないきゃわ~☆僕は妖精きゃわ。そんなことより君たち、夢きゃわ☆キャッスルの伝説を知ってるきゃわ?」
宮永「いや、知らないけど」
夢きゃわ妖精「はわわ☆知らないきゃわ~? 仕方ないから教えるきゃわ」
宮永「ええ……?」
夢きゃわ妖精「ここ、夢きゃわ☆キャッスルは特別な伝説があるきゃわ。それは……」
夢きゃわ妖精「なんと、ここでおにぎりズのハートキーホルダーを交換しあった二人は固い絆で結ばれるきゃわ!」
平井「えっ?」
夢きゃわ妖精「君たちが交換したのは、おにぎりズのハートキーホルダーきゃわ。前提として僕ら夢きゃわ妖精はおにぎりズと敵対してるんだきゃわ。けど、それを乗り越えて結ばれた二人がいたきゃわ~」
宮永「ロミジュリみてえだな」
夢きゃわ妖精「はわわ☆それじゃ、お邪魔虫になる前に僕は消えるきゃわ~。君ら人間に祝福あれ~☆」
去っていく夢きゃわ妖精を見送る二人。
呆れた顔でそれを見る宮永。
宮永「まあ、こういうとこだとよくある話だよな。カップル向けのサービスみたいな」
宮永「俺らは偶然被っただけだし、あんま気にしない方が……」
顔を赤らめて、キーホルダーを見つめる平井に気づいた宮永は目を見開く。
平井「あ、はい! 本当にそうですね! 私たちは偶然被っただけなので! でも、このキーホルダー可愛いので使いますね! 先輩も気にせず使ってください!」
宮永「……おう」
宮永は首をかしげる。
平井「あ、先輩! 花火やるみたいですよ! もうちょっとあっちに行った方がよく見えるかも」
平井「先輩、早く行きましょう!」
宮永「……おう!」
気のせいか、と表情を緩めて平井についていく。
花火が打ちあがる。
平井「わあ……すごい」
宮永「綺麗じゃん……俺も負けてられないな」
平井「え……花火と張り合ってるんですか? それはちょっと相手が悪いような」
宮永「がーん」
平井「あはは」
二人笑いながら花火を見る。
花火の光を浴びる宮永を覗き見る。
平井(さっきのバレなかったよね……危なかった~)
平井(今はまだバレたくない)
平井(わたしには、まだ自分の思いを告げる勇気がないから)
宮永「今のめっちゃでかかった! すっげえ~」
平井「……はい、本当にきれいです!」
平井(でも、いつかこの思いを伝えるから)
平井(だからわたしのこの思いが先輩に伝わりませんように)
〇先崎の家(夜)
先崎が自室で窓の外を見ながら立っている。スマートフォンで電話している。
先崎「合コン?」
男子「ああ、頼むよ」
先崎「はあ……何度も行ってるけど宮永は来ない」
男子「そこをなんとか! あいつが来れば可愛い子来るって言ってるんだよ~」
先崎「知らん。切るぞ」
男子「あ、てめ」
ブチっと電話を切る。
窓の外を見る。
先崎「あいつが来るわけないだろう」
先崎「だって、宮永は恋なんて興味ないんだから」
ベッドに座りながらスマートフォンで電話をする。
浅瀬「はあ!? あいつ、そんなことまでしたの!?」
平井「むぎちゃん、声でかいよ……」
浅瀬「あ、ゴメン……でも、あいつ演技してまで鞠を騙そうとするなんて、マジでヤバイね。ホント、鞠が無事でよかった」
平井「うん。わたしも新田くん……あの人にのこのこついていった結果こんなことになっちやって……今度からはもっと気をつける」
浅瀬「うん。てか、今度はうちのことも頼ってね!」
平井「うん、次、何かあったら頼るよ」
浅瀬「それで……その後生徒指導室に行っていろいろ相談してきたと」
平井「うん。先生ももっと校内の見回りを強化するし、集会で呼びかけるって。新田くんのことは、まだ全部決定したわけじゃないけど、少なくとも反省文と親への報告はするみたい」
浅瀬「まあ、そのくらいはしてもらわないとね。先輩とは保健室のとこで別れたんだっけ?」
平井「うん、治療した後も時間かかるし終わったら先帰っててって。……先輩、大丈夫かな」
浅瀬「心配なら連絡してみたら? ニャイン、交換したんでしょ?」
平井「あ、そうだった。むぎちゃんとの電話終わったら送ってみようかな」
そこで、遊園地のチケットの存在を思い出しはっとする。
平井(そうだ、あのチケットのこと言わないと……)
平井「ねえ、先輩から遊園地のチケット二枚貰ったんだけど、今度の休み二人で行かない?」
浅瀬「うーん、それはやめとこうかな」
平井「え、何で?」
浅瀬「だって、せっかくの遊園地のチケットだよ? うちと行くより先輩誘った方がいいんじゃない?」
平井「え、先輩?」
浅瀬「だって、鞠。……先輩のこと、好きなんじゃないの?」
平井「う、それは……」
浅瀬「開口一番、先輩のこと好きになったかもーって言ったの鞠じゃん」
平井「でも、先輩遊園地あんまり好きじゃないって……それにただの後輩と遊園地なんて行くかなあ」
浅瀬「いいから、まずは誘ってみなよ! ダメだったら一緒に行くからさ。んじゃ、今から連絡して。電話切るよ!」
平井「あ、むぎちゃ……切っちゃった」
平井「仕方ない。ダメもとで誘ってみよう」
ニャインを開く。
一分後。
画面には、平井の『おつかれさまです。平井です。遊園地のチケットのことなんですけど友達が行けないみたいで、よかったらなんですけど先輩一緒に行けませんか?』という文字と、宮永の『いいよー』という文字と猫のOKスタンプが表示される。
平井「えっ、えっ、ちょっと、嘘。む、むぎちゃん……」
電話をかける。
平井「OKだって!」
浅瀬「マジ!? よっしゃあ! 鞠、これは気合入れないと!」
平井「気合、って……?」
浅瀬「そりゃデートなんだから、超お洒落して行くに決まってんじゃん! メイクとか服とか!」
平井「え、でも……わたし地味だしお洒落しても意味ないんじゃ……」
母親の冷たい眼差しと言葉を思い出し複雑な表情を浮かべる。
浅瀬「そんなことないって! てかうちもメイクとかはわかんないし、お洒落しても似合うかわかんないけど、とりあえずやってみなきゃわかんないじゃん! それに、宮永先輩って超美形だからめっちゃモテるんでしょ? 可愛い人が宮永先輩の周りによくいるし……あんまり言いたくないけど」
浅瀬「鞠……このままじゃ、そいつらに先輩取られちゃうよ! それでいいの? せっかく好きになったんだし、まずはいろいろできることやってこうよ! うちもできる限り協力するからさ」
平井「むぎちゃん……」
浅瀬の言葉を受けて、平井は考える。
平井(確かに、昨日先輩の周りにいた人……みんな可愛かった。それに比べてわたしは野暮ったくてダサくて地味で……このままじゃ先輩に意識してもらうなんて十年、いや一生ないかも)
平井(何もしてないのに諦めるとか、そんなの……絶対やだ)
平井「むぎちゃん。わたし、やってみる! 今まで自分に似合わないとか決めつけてたけど、そんなこと言ってても何も変わんないし、まず頑張ってみる!」
浅瀬「鞠……うん、がんばろう! うちもいろいろ調べてみる」
平井「ありがとう。……ただ」
浅瀬「ただ?」
平井「遊園地のチケット、期限が今週の日曜までなんだよね。だから、一週間しかないんだけど」
浅瀬「……」
浅瀬「もうやるしかない! 一週間でやれるとこまでやるしかない! 鞠、明日コスメショップ行くよ! あと服も! OK?」
平井「う、うん! やってやる!」
浅瀬「よし! それじゃあ先輩に意識してもらう作戦! 明日から一週間、本気出すぞー!」
平井「おー!」
腕を高くあげる。
ニャインの画面には、宮永からの『クッキー美味しかった!』のメッセージが表示された。
〇自室(放課後)
あれから一週間。
浅瀬と放課後、コスメを買いに行ったりメイクを練習したり服を買ったりと忙しく過ごした。
明日が遊園地に行く日。
平井と浅瀬は平井の自室に集まっていた。
平井は、今日購入した服に着替えている。
浅瀬は平井の自室のドアの前で待機している。
浅瀬「鞠、入っていいー?」
平井「う、うん!」
浅瀬が部屋に入る。
ゆるめの可愛い服を着た平井がおどおどと立っている。
平井「どう?」
浅瀬「うん、いいじゃん!」
平井「ホントに? なんか結構派手かなって思うんだけど、大丈夫かな」
浅瀬「大丈夫だって。そんな派手じゃないし、スニーカーとも合いそうだしそれでよさそうだね。メイクも基本的なことはできるようになったし、これで明日は戦えるね!」
平井「……うん! むぎちゃん一週間つきあってくれてありがとう。これ、お礼なんだけど……」
平井がラッピングされた袋を渡す。
浅瀬「え、いいのー? ありがと! あ、これ鞠が買ったリップと同じやつじゃん!」
平井「うん。色違いなんだ。むぎちゃん、欲しいって言ってたよね? 今回むぎちゃんがいなかったら、わたし何もできなかったかもしれないから。だから、本当にありがとう」
浅瀬「鞠……いいって、うちも結構楽しかったし。けど、明日どうなったかは教えてよね!」
平井「うん! わたしも、むぎちゃんに好きな人ができたら絶対協力するから!」
浅瀬「お! んじゃその時は頼りにしてますよ~」
平井「うん!」
浅瀬が帰るのを見送る。
ルームウェアに着替えて、ベッドに座る。
スマートフォンを片手にぼんやりとする。
ニャインの画面には、宮永の『明日楽しみー』というメッセージが表示されていた。
平井「いよいよ明日……先輩と遊園地……」
ニャインで『わたしも楽しみです!』と返信する。
平井「わあああ~……楽しみ……」
想像してベッドでのたうち回る。
壁にかかった服とテーブルに置きっぱなしのコスメを見る。
平井「先輩……わたしのことちょっとでも可愛いって思ってくれるかな」
平井「……よし、明日は朝早く起きて準備しよ」
平井「……でも」
平井「楽しみすぎて、寝れる気がしない……」
〇遊園地前の広場(朝)
平井はがやがやと人ごみの中、宮永を待っている。
平井(なんか、思ったよりもちゃんと寝れた)
平井(朝も早く起きれたし、準備も練習通りできたし……あとは)
平井(先輩を待つだけなんだけど)
スマートフォンを開いて時間を確認した後、きょろきょろと周りを見渡す。
平井(先輩、遅いな……)
向こうの方でざわざわと女性たちの声がする。
平井(なんか騒がしいけど何かあったのかな)
ざわめきがする方を見ていると、宮永が姿を現す。
制服と違う大人っぽい私服姿にドキッと心臓が高鳴る。
平井(嘘、先輩の私服……かっこよすぎる)
宮永はきょろきょろと周りを見渡した後、平井に気づき、ぱっと明るい表情を浮かべる。
駆け寄ってきた宮永。
宮永「平井ちゃん、遅れてゴメン。なんか電車が遅れてさ……」
平井「い、いえ! 大丈夫です。わたしもさっき来たばかりなので」
宮永「そう? ならいいけど……てか、平井ちゃん」
平井「はい?」
宮永はにかっと笑う。
宮永「今日の平井ちゃん、めっちゃ可愛いな」
平井の頬がぼっと赤くなる。
平井(せ、先輩に可愛いって言ってもらえた……う、嬉しい……!)
照れてうつむく。
平井「えっ、あ、そう……ですか?」
宮永「うん、私服初めて見たけど可愛いじゃん。お洒落して来てくれたん?」
平井「は、はい。先輩も私服、凄く似合ってます!」
宮永「マジで? えー、嬉しー。こないだ新しく買ったんだよね。まあ、俺ならどんな服でも着こなせるけどさ。褒められると嬉しーよね。あ、てか、もう開園してるんだっけ」
平井「さっき開園したみたいです」
宮永「そ? じゃあ、俺らも行こっか」
平井「は、はい……!」
宮永と共に並んで歩く。
宮永「まず何しよ。平井ちゃん、何か気になるとこある?」
平井「えっと……これはどうですか? 夢きゃわ☆うさぎさんコースター。オススメらしいです」
宮永「夢きゃわ? よくわかんねえけど、なんか面白そーだしそこ行くか。あ、耳あんじゃん。耳買おうぜ!」
平井「は、はい!」
平井(遊園地、せっかく先輩と二人で来たんだから……絶対に楽しまなきゃ!)
〇噴水広場前のベンチ(昼前)
ベンチにぐったりした宮永が座っている。その前に平井は立っている。
平井(と思ったんだけど……)
宮永「ひ、平井ちゃん、次どうする……?」
平井「せ、先輩……次よりも今、大丈夫、じゃなさそうですけど……」
宮永「……やっぱり、そう思う?」
平井「はい……」
一番最初に乗ったジェットコースター。
そして、乗った後宮永は酔った。
宮永「おかしいな、このジェットコースターって小学生でも乗れるやつって書いてたよな? なんで俺酔ってんだろ」
平井「うーん、結構子供向けのジェットコースターだと思いますけど……先輩、一回休んだ方がいいと思います。わたし、何か飲み物買ってくるので……」
宮永「うん、おねがい……」
青ざめてぐったりした宮永を置いて、自動販売機まで走る。
平井(まさか、子供向けのでも酔うなんて……先輩、そういう体質なんだろうな)
麦茶を買って帰る。
平井「先輩、お茶買ってきました。飲めますか?」
宮永「うん……ありがと」
平井「先輩、さっきよりも顔色悪くなってますし、一旦横になりませんか?」
宮永「あ、そうだね……はあ。なんか、いろいろゴメン」
平井はハンカチをベンチの端にしく。
宮永はのろのろと頭をのせる。
平井「いいえ、わたしは全然大丈夫なんで。ここ涼しいし、人気もあまりないのでちょっと休憩しましょう。もし何か欲しい物があったら、わたし買ってくるので遠慮なく言ってください!」
宮永「うん。……はあ、今の俺、カッコよくないなあ」
平井「え?」
宮永「今日の俺もイケてたのに、今は後輩に介護されてる……子供向けのジェットコースターで酔うなんて、全然かっこよくない……」
宮永はぼそぼそとぼやく。
平井「別に、いつもイケてなくなっていいじゃないですか」
宮永「え……?」
平井「先輩だって人間なんだし、人間どこか欠点があるのが普通です。わたしもそうだし。それに、先輩が子供向けのジェットコースターで酔っても泣いても、わたしは先輩のこと好……」
宮永「……ん? なに?」
平井「す、凄くカッコいいと思います! 心配しなくても先輩はいつでもイケてますよ! あはは! あ、あそこでアイス売ってる! 先輩、わたし買ってきますけど、先輩はいります?」
宮永「んー、なんか氷っぽいやつあったらそれがいい……」
平井「わかりました! すぐに行ってくるので、先輩はここで待っててください」
ダッシュする平井。それを横目で見つめる宮永。
宮永「……変な子」
〇噴水広場(昼)
顔色が良くなった宮永が笑顔でのびをする。
宮永「ふっかーつ!」
平井「よくなったみたいでよかったです。でも無理しないでくださいね」
宮永「おう! んじゃ、次はどうする?」
平井「そうですね……」
平井はマップを見て、うなる。
平井(先輩酔いやすいみたいだし、もう乗り物系はやめた方がいいよね。うーん、それなら)
平井「先輩、ここおむすびの精の森があるらしいですよ。ここ気になりません?」
宮永「おむすびの精……めっちゃ気になる。ここ、行こーぜ」
平井「はい」
平井と宮永がいろんな場所を巡る。
おむすびの精と写真を撮ったり、おにぎりを食べたり、おみやげ売り場でお菓子を買ったり、マジックショーを見たりと乗り物に乗らず、ゆっくりと楽しむ。
〇夢きゃわ☆キャッスル頂上(夜)
人がまばらにいる頂上で二人は城下を見下ろす。
塀に腕をのせて、だらっとした体勢の宮永。
宮永「ここでよかったの?」
平井「はい?」
宮永「パレード見る場所。下の方がよく見えると思うけど」
平井「でも凄く混んでるし……ここからだと夜景みたいじゃないですか? あ、でも先輩は下の方がよかったですか?」
宮永「……いや、俺人混み苦手な方だから、こっちのが助かる」
宮永「楽しかったなー」
平井「はい。おにぎりズ可愛かったですね! お土産も買えたしマジックショーも凄かったし!」
キラキラした目で語る平井を、宮永が微笑ましいものを見る目で見つめる。
宮永「平井ちゃん、これ」
平井「えっ……これっておにぎりズの」
おにぎりズのキーホルダーを渡される。
宮永「今日迷惑かけたってお詫びと楽しかったっていう気持ち。貰ってよ」
平井「いえ、あの……」
平井もバッグからおにぎりズの色違いを出す。
平井「わたしも、先輩に今日のお礼と思い出として渡したくて」
宮永「マジで? 同じもん渡そうとしてたとか凄くね? 運命じゃん」
夢きゃわ妖精「運命きゃわ~」
後ろから聞こえた声にビクッと肩が跳ねる二人。
振り向くと、夢きゃわ妖精の着ぐるみが暗がりに立っていた。
宮永「え、怖……」
夢きゃわ妖精「怖くないきゃわ~☆僕は妖精きゃわ。そんなことより君たち、夢きゃわ☆キャッスルの伝説を知ってるきゃわ?」
宮永「いや、知らないけど」
夢きゃわ妖精「はわわ☆知らないきゃわ~? 仕方ないから教えるきゃわ」
宮永「ええ……?」
夢きゃわ妖精「ここ、夢きゃわ☆キャッスルは特別な伝説があるきゃわ。それは……」
夢きゃわ妖精「なんと、ここでおにぎりズのハートキーホルダーを交換しあった二人は固い絆で結ばれるきゃわ!」
平井「えっ?」
夢きゃわ妖精「君たちが交換したのは、おにぎりズのハートキーホルダーきゃわ。前提として僕ら夢きゃわ妖精はおにぎりズと敵対してるんだきゃわ。けど、それを乗り越えて結ばれた二人がいたきゃわ~」
宮永「ロミジュリみてえだな」
夢きゃわ妖精「はわわ☆それじゃ、お邪魔虫になる前に僕は消えるきゃわ~。君ら人間に祝福あれ~☆」
去っていく夢きゃわ妖精を見送る二人。
呆れた顔でそれを見る宮永。
宮永「まあ、こういうとこだとよくある話だよな。カップル向けのサービスみたいな」
宮永「俺らは偶然被っただけだし、あんま気にしない方が……」
顔を赤らめて、キーホルダーを見つめる平井に気づいた宮永は目を見開く。
平井「あ、はい! 本当にそうですね! 私たちは偶然被っただけなので! でも、このキーホルダー可愛いので使いますね! 先輩も気にせず使ってください!」
宮永「……おう」
宮永は首をかしげる。
平井「あ、先輩! 花火やるみたいですよ! もうちょっとあっちに行った方がよく見えるかも」
平井「先輩、早く行きましょう!」
宮永「……おう!」
気のせいか、と表情を緩めて平井についていく。
花火が打ちあがる。
平井「わあ……すごい」
宮永「綺麗じゃん……俺も負けてられないな」
平井「え……花火と張り合ってるんですか? それはちょっと相手が悪いような」
宮永「がーん」
平井「あはは」
二人笑いながら花火を見る。
花火の光を浴びる宮永を覗き見る。
平井(さっきのバレなかったよね……危なかった~)
平井(今はまだバレたくない)
平井(わたしには、まだ自分の思いを告げる勇気がないから)
宮永「今のめっちゃでかかった! すっげえ~」
平井「……はい、本当にきれいです!」
平井(でも、いつかこの思いを伝えるから)
平井(だからわたしのこの思いが先輩に伝わりませんように)
〇先崎の家(夜)
先崎が自室で窓の外を見ながら立っている。スマートフォンで電話している。
先崎「合コン?」
男子「ああ、頼むよ」
先崎「はあ……何度も行ってるけど宮永は来ない」
男子「そこをなんとか! あいつが来れば可愛い子来るって言ってるんだよ~」
先崎「知らん。切るぞ」
男子「あ、てめ」
ブチっと電話を切る。
窓の外を見る。
先崎「あいつが来るわけないだろう」
先崎「だって、宮永は恋なんて興味ないんだから」