犬に埋もれる
 とある休日のこと。

 その日は珍しく王家の皆さんも出かけていて、週末恒例のお風呂もお休み。ゆっくりヴェルガー王子と部屋で寛ごうかと考えていたのだが、そんな彼もまた、第一王子として陛下と共に公務へと行ってしまった。



 なんでも相手は猫化する王族の束ねる国らしい。国名を聞いて「マジですか……」と思わず声を漏らしてしまった。かのにゃんこパラダイス国は大陸でも有数の経済大国だったのだ。まさか猫ちゃん達が治めているなんて想像もしていなかった。王族が犬になれる国もあるくらいだから他の動物になる国もあるだろうけど……。だからってこんな身近にワンちゃんネコちゃんがいっぱいいるとは思わなかったのだ。



 それに、3ヶ月ほど前に実家から送られた手紙の中にその国の名前があったというのも驚く要因の一つだ。

 近況報告に混じって、二つ年上の姉が夜会でかの国の王族からダンスのお誘いを受けたのだと書かれていた。相手が相手だけに断れず一曲だけ踊るつもりが離してもらえなくて大変だった。人避けに使われちゃって、今回もいい人が見つからなかったわ〜なんて書いてあったが、相手が人でなく猫となるとロックオンされている可能性も……。なにせ私がお茶会でワンちゃん達に見初められているのだ。ならば姉が猫ちゃんに見初められてもおかしくない。



 相手が他国の王族と身分差はかなりあるものの、うちの国とも仲が良いならまぁ私が気にすることでもないのだろう。

 この国でもヴェルガー王子のように将来を共にする相手に人と犬のどちらにもなれると打ち明ける者もいれば、犬として認めた相手に寄り添う者や、犬になれることを告げずに一生を終える者もいるのだとか。また人と縁をなさない者も多いのだという。一番初めの例以外は子を成すことが出来ず、だからこそ王族は皆、家族や子どもを大切にするのだと聞いた。



「だからリーリアがみんなに取られても文句は言えないんだ……」

 ヴェルガー王子が頬を膨らましながらボソリと呟いた言葉に思わず声を失ってしまった。だからかの国の王族が姉を見初めていたとしても、相手が猫であることを姉に告げてあげることは出来ない。裏側をほんの少しだけでも知っているからこそ、姉の害にならないかもしれない相手を排他することはしてはいけないような気がするのだ。



 ちなみに猫ちゃんの国も有名だが、我が国も軍事大国として大陸中に名を馳せている。ほとんどの部隊に王族が配置され、それぞれが部隊の特色を生かして活躍しているのだとか。まぁ犬らしいといえば犬らしいか。軍に所属している王族達の犬種は私が知っているだけで、ボーダーコリーとドーベルマン、フレンチブルドッグにハスキーがいる。未だにどのワンちゃんが誰なのか把握しきれていないのだが、犬種からしても納得のメンバーである。

 特にドーベルマンとフレンチブルドッグの二匹はフリスビーがお好きなようで全力で投げてもすぐにキャッチして持ってきてくれるほどの脚力と、朝から晩までそれを要求するだけのスタミナを併せ持っている。投げている私の方がへばってしまうほど。自慢?の肩の強さも肉体派の二匹には勝てなかったらしい。人型になった彼らはそれぞれ用意していたタオルを首にさげて、そのまま鍛錬場へと向かった。まだまだ体力がありあまっているようだ。そんな二人を見送った私はそのままお風呂場へと直進し、湯船に浸かりながら念入りに腕をもみほぐすこととなった。



「ああ、わんちゃん達と遊びたい……」

 少し前の出来事を思い出しながら一人の部屋でぼやく。婚約解消したいと呟いていた頃が嘘のように、今ではすっかりとこの場所に適応してしまっている。わんちゃん達の遊ぼうダイブがないことを寂しく思うほどには……。そうでなくともヴェルガー王子が基本的に私の隣にいた。彼の温もりが感じられないとこんなに寒いのか。窓の外を眺めれば葉っぱの色が少しずつ変わり始めていた。王子がいる、いない以前に衣替えの季節ということだろうか。実家の山では栗がゴロゴロと落ちていることだろう。そろそろ実家からポンチョでも送ってもらおうかな〜。でもわんちゃん達と遊ぶなら動きやすい方がいいし……。空気が冷たくてもダッシュを繰り返していれば暑くなるだろうし、かといって薄着では風邪をひく。うーんとうなってはみたが、わんことの生活が短い私には正解を導き出すことは難しい。



 やはりこういう時は先人を頼るべし!



「今度王妃様と会った時に服装どうしているのか聞こうっと」



 実は私が王妃様と直接お話ししたのはつい最近のこと。度々城に足を運んで、国王陛下とは何度か挨拶をさせていただいていたのだが、王妃様とはまるでなかった。お茶会や夜会で遠くからお姿を拝見する程度で、ご挨拶に伺おうにも王子二人はもちろん、陛下にまでいいのだと言われてしまう始末。だから私は五年間ずっと、王妃様には嫌われているものだと思っていた。公爵家出身の彼女からしてみれば男爵令嬢かつ意味不明な理由で婚約が決まってしまった女を認められないのだろう、と。



 だが最近初めて対面した彼女は想像の真逆を行った。



「あなたがリーリアさんね!お茶会の時からずっとお話ししたかったの!さぁ一緒に仔犬達のボールやぬいぐるみを作りましょう?」



 なんでも超がつくほどの犬好きで、一度でも話してしまえば王家の秘密を口にしてしまいそうだったから避けていたのだと。

 彼女によれば一部を除いて、王家関係者の方々は私に好意を持ってくれているらしい。

「犬に好かれる人に悪い人はいないわ。それにあなたを避けている子達も悪い子じゃないのよ。ただ自分の大事な相手を取られるのが怖いだけ。そのうち慣れるわ」

 そう、王妃様は微笑みながら教えてくれた。

 その他にも、仔犬の歯に負担がかからない布の選び方とかロープのほつれにくい編み方とか。とにかくわんちゃん関連の話題が多い。

 それ以降、王妃様は私を避けている方々の話題には触れないが、私自身、その人達に心当たりがないわけではない。わんちゃん達と戯れている時に視線を感じることがある。気づいて振り返ると人影が見えたり、もふもふの尻尾が見えたり。

 あのちらっと見えた感じ、わんちゃんの方はポメラニアンだと思うんだけど、人型の方と同一人物なのかは定かではない。

 だが悪意があるようには思えなかった。



 知らない人が急に同じところに住み始めたことに驚いている感じとでも言うべきか。こちらにも悪意がない旨を示すには変に取り繕ったり距離を縮めようとはせず、自然体でいることが一番だ。相手に動物的面があるならなおのこと。金色の綿毛のような尻尾に飛びつきたい衝動を抑えながら、見守ることにしている。

 他の子をもふるか、王妃様との会話で存分にわんこ分を補充しながら。

 そんなこんなで、王妃様とは犬好き仲間として、そして仔犬達のおもちゃ作り仲間としてお茶に誘って頂く仲である。

 今日は陛下達と共に公務に向かっているが、今度会ったら教えてもらおうと脳内メモに追加しておく。



 服装の悩みは一時解決したといえよう。

 けれど直近の悩みはまだもう一つある。



「それにしても暇だわ。城下町にわんちゃんグッズでも見に行こうかな〜。あ、あと布も見て回りたいかも」



 口にしてはみたものの、ヴェルガー王子は私の外出を嫌う。毎回一人きりにするのは心配だの、用事があるからついていくだの、なにかと理由をつけて同伴してくる。

 犬の性質と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、過保護すぎるような気がしなくもない。だからといって留守の隙に外出したことがバレれば、ヘソを曲げてしまうことは目に見えている。また湯船に身体を突っ込んだ直後にベッドの上でローリングでもされたら厄介だ。その前は服をずたぼろにされた上で彼の寝床の一部にするために回収されている。

 寒くなったこの時期に夜中にベッドを濡らされても困るし、貴重な服が取られても困る。それに、後日大量の新しいドレスを贈られるのも……。

 以前お詫びにと用意された部屋一つ分のドレスを思い出して、はぁ……と肩を落とす。





「怒られるのも嫌だし、大人しく本でも読んでようかな〜」

 諦めがちに呟いた時だった。

 部屋の端っこでもぞもぞと何かが動く音がした。かと思えば、すごい速さで私の足元まで駆け寄ってくる。



「お買い物なら俺がついて行ってあげようか?」

「アドルフ王子!? え、いつからいたんですか?」

「姉さんが入ってくるよりも前からいたよ。この部屋は日当たりがいいからそこの端っこで寝てたんだ」

「起こしちゃってごめんなさい」



 この部屋、というか城の居住スペースのほとんどが共同スペースになっている。部屋によってはベッドで埋め尽くされていたり、逆に机どころかソファさえない部屋もある。王族の方々の中には自室を持たず、その時々の気分で寝る場所を決める方も多いのだとか。

 ヴェルガー王子は学園入学と同時に部屋を持ったらしいが、アドルフ王子は今も自室を必要としていないようだ。彼に限らず、他のわんちゃん達とも室内で会うこともあれば、お庭の生垣の陰に寝ていることもある。



「気にしないで。そこにコーギーと柴犬も寝てるけど、起こそうか?」

「柴犬ちゃんとコーギーちゃん、来てるんですか?」



 柴犬とコーギーの兄妹が遊びに来ていると聞いて思わず、きょろきょろと部屋を見回してしまう。彼らは公爵家の令息と王族との間に生まれた子どもたちである。普段は公爵家で暮らしている。

 コーギーは王城内でも二匹ほど見かけるが、柴犬ちゃんの方は非常にレアな存在である。なんでも公爵家側に東方の国の血が混じっているらしく、この国にはいない柴ちゃんが生まれたのだとか。王家でも初めて誕生した犬種だと王子は歴代王族の記録がまとめられた分厚い書物をめくりながら教えてくれた。ちなみにその書物は犬種ごとに分けられたバージョンもあるそうなのだが、王家のトップシークレットのそれが私の手に回ってくることはない。残念だが、仕方ない。王妃様と一緒にハンカチをギギギと噛みしめて我慢する他ないのだ。



 そんな聖書のような本にさえも初めて登場した柴犬ちゃんは非常にむっちりとしている。犬種は異なるのに、どこかフォルムがコーギーちゃんと似ている。なんだろう、二匹ともスヤスヤと寝ている姿がパンっぽい。

 コッペパンと食パン……。

 それぞれ似ているパンを想像しながら、じいっと見つめているとアドルフ王子はふふふと小さく声を出して笑った。



「姉さん、あの二人好きだね〜。二人とも両親のダイエットから逃げてきたらしいよ」

「二匹ともむっちりしてますからね! そこが可愛いんですが!!」



 拳を固めながら、二匹の魅力をアドルフ王子にアピールする。するとまさかの方向から加勢が訪れた。



「だよね〜。柴犬は少しむっちりしてた方がいいんだよ」



 柴犬ちゃんはくわぁとあくびをしながら大きく伸びをする。トコトコとこちらへと寄ってくる身体はやはりむっちりとしている。だがへへへ〜と笑う顔にお肉が付いていると可愛さが増し増しなのだ。



「柴犬ってむっちりちゃんが多いんですか?」

 私の手に顔を擦り付けてくれる柴犬ちゃんの顔をむちむちと楽しませてもらいながら、首をかしげる。するとふーんと誇らしげに鼻息を吹いた。



「パパが持ってた写真集の子はほとんど丸かったよ! まぁでも僕ほど可愛い子はいなかったけどね!」

「ならこのままでいいんじゃ……」

「本当ならそうしたいんだけど、最近僕の婚約者がね、顔にお尻乗っけてくれっていうんだ……。むっちりしてるから顔で楽しみたいって。でも僕、あの子のお顔を潰したくないんだ。そう伝えたらママが痩せないとダメだって……」



 なるほど、この子の婚約者さんも無類の犬好きなのか。

 むっちりとしたお尻を堪能したい気持ちはすごく分かる。手だけではなく顔面で楽しみたいとは欲張りさんだとは思うが、それは婚約者の特権ということか。



 くっ、羨ましい!

 手のひらに爪を立てながら、今すぐにでもむっちりとしたお尻に顔面を突っ込みたい衝動を抑える。さすがにそれはダメだ。怒られるどころじゃ済まないことくらい私だって理解しているのだ。



 欲望と理性の狭間で葛藤していると、つい先ほどまで一本線になって寝ていたコーギーちゃんが柴犬ちゃんの周りでクルクルと回り出した。



「でもお兄ちゃんもお散歩したくないでしょ?なら逃げないと!」

「それは……うん」



 どうやら彼らはお散歩絶拒兄妹らしい。

 私も健康に害がないのであればむっちり万歳派ではあるものの、本人が痩せたいと言っているのなら手を貸したいと思ってしまう。



 むちむちわんこも可愛いけれど、頑張るわんちゃんは可愛いのである。



「じゃあ遊んで痩せましょう!」

「遊んで?」

「今から一緒におもちゃ見に行きませんか?」

「おもちゃ?」

「ロープとかボールとかリボンとかもいいですね〜」



 ドーベルマンやフレンチブルドッグの二匹のように猛ダッシュはしてくれそうもないが、それでもただただ歩くよりかは何かあった方がやる気にはなるだろうと期待して。



「じゃあほら、人型になって」

「は〜い」

「わかった!」



 アドルフ王子の号令で、三匹の犬はそれぞれ人の形に変わる。アドルフ王子は見慣れたくせっ毛の男の子に、そしてコーギーちゃんと柴犬ちゃんは色違いのパーカースタイルの少年少女に。犬種も髪型も違うけど、人になってみると目元がそっくりだ。



「じゃあ手を繋いで行きましょうか」

 手を差し出せば、途端に二人の顔が曇った。

 つい数秒前までよく晴れた空のようにキラキラしていたのに、今は雨でも降りだすんじゃないかってほど。



 もしかして城下町に繰り出すのすら嫌とか?

 一応馬車は出してもらうつもりだが、路地裏に止めてもらってからは徒歩になる。さすがに護衛の方に背負ってもらうわけにもいかないし……。どうしたものかと考えこめば、コーギーちゃんの方が小さく首を傾げた。



「それはお散歩でしょう?」

「お買い物ですよ」

「お買い物、お買い物なら……うん!手を繋ぐわ」



 すんなり納得してくれた彼女は私の腕に腕を絡めて、綻んだ顔をすり寄せる。柴犬ちゃんの方もそれなら、とアドルフ王子と手を繋ぐ。



 よほど『お散歩』が嫌いらしい。

 お外が嫌いなわけではないようだが、過去に何かあったのだろうか?

 はてと首を傾げたが、意外と謎はすんなりと解決した。馬車に乗りこみ、足をぶらぶらと揺らした二人は「お買い物はゴールが見える!」とはしゃいでいた。どうやら延々と歩くだけというのが嫌らしい。馬車を降りてからも、買い物が終わった後も終始ご機嫌だった。



 アドルフ王子が「あっちに綺麗な花が咲いてるから見てっていい?」と提案しても、ぴょこぴょこと跳ねて喜ぶほど。

 もしかしてお買い物でなくとも、お花見をするためとか湖に遊びに行くとか理由をつければお散歩を嫌がることがなくなるのではないだろうか。アドルフ王子に視線を向ければ、計画的犯行であったらしい。二人が花に熱中しているうちに「いい仕事したでしょ」と耳打ちしてきた。にんまりと笑う顔は兄であるヴェルガー王子とよく似ていた。





 城に戻った頃には大満足で、人目につかない場所まで来ると速攻で犬化していた。嬉しさを全身で表すようにブンブンと尻尾を左右に振り、クルクルと私たちの周りを回る。

 そしてお家からの迎えが来ていると聞かされても逃げることなく、あっさりと「じゃあ帰る」と口にした。人間の姿になった二人の手にはそれぞれおもちゃの入った紙袋がある。



「リーリア姉ちゃん、アドルフ兄ちゃん、今日はありがとう」

「帰ったらパパに遊んでもらうわ!」

「喜んでくれて嬉しいわ」

「頑張って痩せなよ〜」



 尻尾の代わりに手をブンブンと降る二人を馬車乗り場まで見送る。窓から身を乗り出す二人に「危ないわよ〜」と注意したものの、多分私の顔はすっかりにやけてしまっていたことだろう。馬車が見えなくなるまで手を降り続ければ、前方からは過ぎ去ったものとは違う馬車がやってくる。



「あー、疲れた。お風呂入りたい」

「疲れたってお前ほとんど壁側にいただけだろ!俺ばっかり囲まれて!」

「雌臭い」

「お前だって雌だろ!」

「あんな子達と一緒にしないでちょうだい!匂いの強い水をこれでもかってかけまくって臭いったらありゃしない。服も髪もメイクもダサいわ。みんな同じ格好すりゃあいいってもんじゃないのよ。似合わなければ意味がないってのに……」

「俺はその臭いのに囲まれてたんだが!?」



 髪の毛にクルクルと指を絡ませながら「最悪、匂いうつってるんだけど……」と顔を歪ませるのは確か第五姫様で、犬種はマルチーズだったと思う。王家でも一番オシャレに気を使っており、彼女の絹のような銀髪は彼女の父の努力あってこそ。彼女は週末のお風呂には並ばず、お風呂もドライヤーも、カットに至るまで全てトリマーである彼が一任されている。

 そして匂いを気にする彼女に苛立っている様子の、丸っぽい眉が特徴的な彼の犬種はチワワだ。



「きゃんきゃんうるさい」

 耳を塞ぎ、嫌そうな視線を向けられれば、苛立ちは増したようで「なんでこんな女が婚約者なんだ!!」と叫び出した。そう、この二人は婚約者なのだ。王族の血を引くもの同士、城に住まうもの同士であるものの、縁としてはかなりの遠縁にあたるらしい。





「私だってチワワみたいな小さいのより、マスティフみたいなガッチリとした方が好きなのよ!」

「ふざけんな!俺だって可愛い女の子が好きだし!膝の上に載せて欲しいし!」



 婚約に至る経緯は分からないが、二人の相性があまり良くないことだけは分かる。きゃんきゃんと騒ぎあいながら歩いていく姿は度々目にする。二人共、別々に会う分にはいい子達なのだが、二人が一緒にいるときに居合わせてしまうと少し居心地が悪い。そこにアドルフ王子が加わればなおのこと。



「本当に二人とも仲良いよな〜」

「「よくないし!」」



 アドルフ王子はいつもカラカラと笑って二人を煽る。悪気はないのだろう。毎回プンプンと怒る二人の背中を微笑ましく見守っている。今回もそうだ。本当に幸せに笑うものだから、なんだか私も二人の仲っていいのではないか?と思えてしまう。さすがに冷やかす気にはなれないけど。





「そろそろ兄さんも帰って来る頃かな?姉さん、そこの椅子で待ってよう」

「あ、うん」

 アドルフ王子に手を引かれ、馬車乗り場の近くに置かれたベンチに腰掛ける。



 そういえばなんで王城にベンチなんてあるんだろう?わんちゃんの休息場所?なんて考えていると、膝の上に重いものが乗せられた。



「はぁ〜、姉さんの膝枕最高」

「アドルフ王子!?」

「兄さんが帰って来るまで。ちょっとだけだから、ね?」



 見下ろした私と視線が合えば、アドルフ王子は眉を下げる。

 私はこのおねだり顔に弱いのだ。

 多分、分かっててやってるんだろうな〜。それでも私は彼の髪に手を伸ばす。



「もう、ちょっとだけですよ」

「へへへ」



 いつもと撫でる髪とは違う、ふわっとした髪は指によく絡む。いっぱい歩いたからか、陽だまりを沢山吸い込んでぽかぽかとしている。けれど私が好きなものとは少し違う。そんな私の気持ちが伝わったのか、目を閉じたアドルフ王子は「兄さんが帰ってきたら代わるから。それまでここにいさせてね」と小さく呟いた。



 気遣屋さんな彼だが、婚約者や恋人はいない。

 まだ添い遂げたい相手と出会っていないのだろう。私とヴェルガー王子が出会えたのは運が良かったからに過ぎない。



 優しくて、ちょっぴり寂しがりやさんなアドルフ王子。



 彼にも良い人が見つかりますように……。

 神様に祈りながら空を見上げた。







 その後、帰ってきたヴェルガー王子にバッチリと膝枕を目撃された私達は散々彼に叱られ、私はシーツを、アドルフ王子はお気に入りのボールを差し出すこととなった。

 プンプンと怒るヴェルガー王子だが、その夜、私達を自室のベッドへと連れ込んだ。



「リーリアは俺の婚約者だからな!でも、アドルフも大事な弟だから。寂しかったらちゃんと言うんだぞ?」

 どうやらヴェルガー王子は私よりもずっとアドルフ王子の気持ちをよく理解しているようだ。フンっと大きく鼻息を吹いて、胸を張った。そして一人と二匹でベッドに並んで夜を過ごした。





 それがよほど嬉しかったのだろう。

 アドルフ王子はそれ以降、度々枕を咥えてヴェルガー王子の部屋を訪れるようになった。



「今日も一緒に寝よう!」

「またか!」



 あの日が特別!とのヴェルガー王子の主張により、私はそれ以降、添い寝への参加を許してもらえていない。



 たまに「リーリアは俺の婚約者だからな!」と聞こえてくるのだが、一体兄弟でどんな話をしているのか。仲間に入れてもらえない私は分からずじまいである。
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