幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
「良いから、さっさと荷解をしろ。段ボールを片づけんと、狭くて叶わん」
はぁ~、と。
長い溜息を吐いてから川口さんは渋々と言ったように荷解を始めた。
「――な、なんだと!? 何故、財布やバッグがいくつも出てくる!? 1つで十分だろうに!」
「服装に合わせて変えるのよ! オシャレよ!」
「俺なんて100円均一で買った財布だぞ!?」
「ビリビリ言う財布!? 医者がそれをメインで使ってるの!?」
俺の財布を見せると、信じられない化け物を見たような反応をしてくる。
ふざけるな、これ程安くて機能が整っている物をバカにしやがって……。
その後も荷解をする度に出てくる贅沢品の数々。
俺でも知っているハイブランドのバックや財布が店で陳列するほどに飛び出して来やがる。
更にはネックレスやピアス、技巧が凝らされたガラス瓶の中に、雀の涙程しか入っていない化粧品。
違いが分からないコスメ用品の山。
この無駄遣い……。
この異常な経済観念こそ、コイツが婚活パーティーで話していた、男にこっぴどくフラれたという原因じゃないのか!?
「一体なんなんだ、アンタの無駄遣いの数々は!?」
「うっさいわね! 私は仕事のストレスを、買い物とか美味しい物、エステで吹き飛ばすタイプなのよ! 美貌を磨くのに必要なお金よ!」
「な、なんだと!? それで金が貯まるほど、ウェディングプランナーとは稼ぎが良いのか!?」
「貯金なんて、しないわよ!」
「ば……バカな!?」
噂では聞いていたが、都市伝説の類いだと思っていた。
まさか、貯金をしない人間が実在するだなんて……。
資産運用をしているなら分かるが……。
この様子では、それもないだろう。
「目の前の仕事に最高のパフォーマンスを発揮する為の散財! それが私のライフスタイルよ!」
「そんなんだから、元交際相手にこっぴどくフラれたんだろう!?」
「あんた、触れちゃいけないことに触れたわね!? 黙りなさい! 何よ、私が働いて稼いだお金をどう使おうと、自由じゃないのよ……。なんで口出しされた上に、責められなきゃいけないのよ。全く、どいつもこいつも……」
ここまでの非常識な言動から察した。
俺の本能が警鐘を鳴らしている。
こいつは、プレイベートはとんでもない愚物だ、と。
仕事場での凛とした姿も、上辺を取り繕うのが上手かっただけかもしれん。
もはや何が真実で何が虚偽か、分からん!
「あんたこそ、医者って高給取りじゃないの!? なんでこんな極貧サバイバル生活をしてるのよ!?」
「俺は920万の年収、賞与が含まれてな。手取り年収は676万円。毎月49万5千円だ」
「やっぱり高給取りじゃないの!」
「まぁ俺の素晴らしい貯蓄プランを、最後まで聞け。手取りの20パーセントを家賃上限として、他は生活費と貯金だ。住んでいるのは管理費込み8万5万円のマンション。住宅手当3万5千円が出るから、実質支払うのは5万円。親への学費返済が月々4万。手元に残るのは40万5千円。それをなるべく、将来の貯蓄としている」
「それでも、十分にもっと良い暮らしが出来るじゃない……」
「日本人が手取りの何パーセントを貯金に回しているか、知っているか?」
「し、知らないわよ」
「手取り額の30パーセントが平均だ。――だが俺は、敢えて厳しく70パーセント以上を貯蓄に回している」
「はぁ!? 家賃20パーセントも含めると、自由に出来るのは10パーセント以下ってこと!?」
「救急科と整形外科専門医を取得して、親の病院を新装開業するまでの8年間に、俺は合計3千万円を貯めねばならん。給与が安かった初期研修医《しょきけんしゅうい》2年間で足りなかった分も含め、6年間は年間450万円の貯蓄が必要だ。月々だと37万5千円を貯蓄《ちょちく》。自由に出来るのは3万円。食費1万5千円と光熱費を入れると、カツカツもカツカツだ。ボーナスみたいに上下する収入が学会費《がっかいひ》や研修費《けんしゅうひ》、医師会費《いしかいひ》へと消えてゆく。どうしても栄養不足で死にそうになれば、専攻医《せんこうい》になってから許可が出たスポットバイトを入れる。そこで得た給与の10パーセントが自由にして良い金となる。19時から翌朝までで6万以上の支給とかだぞ? 貯蓄に税金《ぜいきん》とかを考えて、手元に6千円だとしても、1日では凄い金額だ!」
「…………」
「浪費家のアンタじゃ、言葉も出ないか? だが俺は実際にやって来た! 後1年足らずで、全ての目標を達成だ!」
「……1周回って、あんたはバカよ。いえ、病気だわ」
恐れ戦いてると言うか……。
受け止められない現実に直面したように、川口さんは言う。
しかし、よりにもよって俺が病気とは……。
実にアホらしい。
だが、これも一興だ!
「ハッ……。医者に病気を語るとはな。なんて病気だ、言ってみろ」
「し、仕事中毒とか?」
「…………」
それは否定が出来なかった。
何日だろうと、職場である病院に籠もっているから。
暗く淀んだ病院に住まうモグラと、自分でも表現したぐらいだ。
しかしそれを言うなら、川口さんも仕事の為に男と偽装同棲を図るぐらい、仕事中毒だろうに。
……いや、待てよ?
さっきまでの言動から察するに、コイツは医者が金持ちだと思って、良い暮らしをしようと偽装同棲を提案したのか?
なんて策士だ……。
生存戦略としては、寄生虫《きせいちゅう》と同様レベルだ。
これだから恋愛や結婚なんてクソだと思ってしまうんだ。
だが残念、宿主《やどぬし》選びを間違えたな!
はぁ~、と。
長い溜息を吐いてから川口さんは渋々と言ったように荷解を始めた。
「――な、なんだと!? 何故、財布やバッグがいくつも出てくる!? 1つで十分だろうに!」
「服装に合わせて変えるのよ! オシャレよ!」
「俺なんて100円均一で買った財布だぞ!?」
「ビリビリ言う財布!? 医者がそれをメインで使ってるの!?」
俺の財布を見せると、信じられない化け物を見たような反応をしてくる。
ふざけるな、これ程安くて機能が整っている物をバカにしやがって……。
その後も荷解をする度に出てくる贅沢品の数々。
俺でも知っているハイブランドのバックや財布が店で陳列するほどに飛び出して来やがる。
更にはネックレスやピアス、技巧が凝らされたガラス瓶の中に、雀の涙程しか入っていない化粧品。
違いが分からないコスメ用品の山。
この無駄遣い……。
この異常な経済観念こそ、コイツが婚活パーティーで話していた、男にこっぴどくフラれたという原因じゃないのか!?
「一体なんなんだ、アンタの無駄遣いの数々は!?」
「うっさいわね! 私は仕事のストレスを、買い物とか美味しい物、エステで吹き飛ばすタイプなのよ! 美貌を磨くのに必要なお金よ!」
「な、なんだと!? それで金が貯まるほど、ウェディングプランナーとは稼ぎが良いのか!?」
「貯金なんて、しないわよ!」
「ば……バカな!?」
噂では聞いていたが、都市伝説の類いだと思っていた。
まさか、貯金をしない人間が実在するだなんて……。
資産運用をしているなら分かるが……。
この様子では、それもないだろう。
「目の前の仕事に最高のパフォーマンスを発揮する為の散財! それが私のライフスタイルよ!」
「そんなんだから、元交際相手にこっぴどくフラれたんだろう!?」
「あんた、触れちゃいけないことに触れたわね!? 黙りなさい! 何よ、私が働いて稼いだお金をどう使おうと、自由じゃないのよ……。なんで口出しされた上に、責められなきゃいけないのよ。全く、どいつもこいつも……」
ここまでの非常識な言動から察した。
俺の本能が警鐘を鳴らしている。
こいつは、プレイベートはとんでもない愚物だ、と。
仕事場での凛とした姿も、上辺を取り繕うのが上手かっただけかもしれん。
もはや何が真実で何が虚偽か、分からん!
「あんたこそ、医者って高給取りじゃないの!? なんでこんな極貧サバイバル生活をしてるのよ!?」
「俺は920万の年収、賞与が含まれてな。手取り年収は676万円。毎月49万5千円だ」
「やっぱり高給取りじゃないの!」
「まぁ俺の素晴らしい貯蓄プランを、最後まで聞け。手取りの20パーセントを家賃上限として、他は生活費と貯金だ。住んでいるのは管理費込み8万5万円のマンション。住宅手当3万5千円が出るから、実質支払うのは5万円。親への学費返済が月々4万。手元に残るのは40万5千円。それをなるべく、将来の貯蓄としている」
「それでも、十分にもっと良い暮らしが出来るじゃない……」
「日本人が手取りの何パーセントを貯金に回しているか、知っているか?」
「し、知らないわよ」
「手取り額の30パーセントが平均だ。――だが俺は、敢えて厳しく70パーセント以上を貯蓄に回している」
「はぁ!? 家賃20パーセントも含めると、自由に出来るのは10パーセント以下ってこと!?」
「救急科と整形外科専門医を取得して、親の病院を新装開業するまでの8年間に、俺は合計3千万円を貯めねばならん。給与が安かった初期研修医《しょきけんしゅうい》2年間で足りなかった分も含め、6年間は年間450万円の貯蓄が必要だ。月々だと37万5千円を貯蓄《ちょちく》。自由に出来るのは3万円。食費1万5千円と光熱費を入れると、カツカツもカツカツだ。ボーナスみたいに上下する収入が学会費《がっかいひ》や研修費《けんしゅうひ》、医師会費《いしかいひ》へと消えてゆく。どうしても栄養不足で死にそうになれば、専攻医《せんこうい》になってから許可が出たスポットバイトを入れる。そこで得た給与の10パーセントが自由にして良い金となる。19時から翌朝までで6万以上の支給とかだぞ? 貯蓄に税金《ぜいきん》とかを考えて、手元に6千円だとしても、1日では凄い金額だ!」
「…………」
「浪費家のアンタじゃ、言葉も出ないか? だが俺は実際にやって来た! 後1年足らずで、全ての目標を達成だ!」
「……1周回って、あんたはバカよ。いえ、病気だわ」
恐れ戦いてると言うか……。
受け止められない現実に直面したように、川口さんは言う。
しかし、よりにもよって俺が病気とは……。
実にアホらしい。
だが、これも一興だ!
「ハッ……。医者に病気を語るとはな。なんて病気だ、言ってみろ」
「し、仕事中毒とか?」
「…………」
それは否定が出来なかった。
何日だろうと、職場である病院に籠もっているから。
暗く淀んだ病院に住まうモグラと、自分でも表現したぐらいだ。
しかしそれを言うなら、川口さんも仕事の為に男と偽装同棲を図るぐらい、仕事中毒だろうに。
……いや、待てよ?
さっきまでの言動から察するに、コイツは医者が金持ちだと思って、良い暮らしをしようと偽装同棲を提案したのか?
なんて策士だ……。
生存戦略としては、寄生虫《きせいちゅう》と同様レベルだ。
これだから恋愛や結婚なんてクソだと思ってしまうんだ。
だが残念、宿主《やどぬし》選びを間違えたな!