幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
 俺がうつ伏せに倒れているのは、アンタが突然ドアを開いたからだろうが。
 ……いや、それを言うならば、だ。

 川口さんの半裸を見る原因になったのも、俺が何も声をかけずにドアを開いたからという理屈になるのか?
 これからはノックや声かけをしてから家のドアを開けと?

 なんて面倒な……。
 偽装であろうと、そうでなかろうと、同棲なんて最悪だ。
 少なくとも東京の狭い1LDK賃貸物件なんかでやるもんじゃあない。

 しかし何時までも共用の廊下に居るべきではない。
 文句を言ってやるにしても、室内に入ってからだ。
 グッと堪えて、俺は室内へと入る。

 靴を脱ぎ、汚れた手と顔を洗う。
 そうして洗濯機を回してから、理性的に話をしようと部屋を見る。

 開けたカーテンの隙間から、ソファーに座って肌に何かを塗る川口さんの背が見えた。
 その不貞不貞しいまでの図々しさには、いっそ尊敬の念すら覚える。

「アンタな、いくらなんでも――」

「あ、カーテンで囲われた中に入って来たら、警察を呼ぶって言ったわよね?」

「…………」

 警察を呼ばれ、冤罪をかけられても面倒だ。
 色々と納得はいかないが、狭い共用部分のフローリングに座る。
 体育座りでギリギリだ。

「……何故、文句を言ってやる側の俺がフローリングに座っている。アンタがソファーに座ってるのに。立場が逆じゃないか?」

「不満なら、あんたもソファー買えば?」

「どこに置くスペースがあると言うんだ!? 部屋の殆どを占領したくせに、どの口が言う!」

「この口よ。綺麗でしょ?」

「ああ言えばこう言いやがって……。アンタの親の顔が見てみたいものだな!」

「心配しなくても、後1ヶ月もすれば会えるわよ。予定を摺り合わせたのに、覚えてないの?」

 そうだった。
 それこそが、この不愉快な偽装同棲生活の主な目的だったな。

 これだけ自分勝手で我が儘な人間の親だ。
 碌なもんじゃないだろう。
 挨拶で顔を見るのが、逆に楽しみになって来たぞ。

「親の話は一旦、置いておくとして、だ。同居していると、入浴や着替えに出くわすこともあるだろう。通常のカップルであれば、それは問題ないのかもしれない。だが、俺たちの関係では問題だ」

「そうね。偽装関係でしかないからね」

「こんなどちらの得にもならない事故を防ぐ為に、だ。互いに入室する時、インターホンを押すというのはどうだ?」

「私の裸を見て、あんたは得したでしょうが」

「はんっ……。何が得なものか。自惚れるなよ?」

「は? あんた、本当に警察に突き出してあげようか?」

「お、俺は医者だぞ。人の身体なんて、仕事でイヤになるほど見ている! むしろ裸を見れば、そのまま解剖図が浮かぶぐらいだ!」

「本格的に気持ち悪い! もう黙って!」

「ぐ……」

 何故だ。
 事実を述べたまでなのに。
 ここで得だったと言っても、どうせ気持ち悪がられる。
 素敵だったと言った所で変態扱いだろう。

 正解なんて端からないじゃないか。
 同棲していると言論の自由すら奪われるのか?
 コイツはこれ程、自由に言いたい放題言っていると言うのに!

「まぁ、でも……。事故を防ぐ為にインターホン押してからってのは良いかもね」

「そうだろう?」

「特に朝と夜は、気を付けて」

「……は? ああ、朝は出勤前に着替えをするからか。確かに、クローゼットも共用スペースだから注意をする必要があるな」

「それもあるけど、朝はシャワーを浴びるから」

「……な、なん、だと?」

「全く……。玄関を開けて直ぐ、脱衣所もなしに浴室が見えちゃう構造って、どうなのよ? 入浴中に郵便屋さんとかが来たら大変じゃ――」

「――アンタ、今なんと言った!?」

 俺が目を剥いて声を上げると、川口さんはビクッと身を縮めた。

 そんな反応をしようと無駄だ。
 とても聞き流せない爆弾発言をしたんだからな!

「だ、だから……。脱衣所もないから郵便屋とかが来たら大変って」

「その前だ! 朝にシャワーを浴びるとか言っていただろう!?」

「え、そ、そうだけど……」

「あ、アンタは……。夜にも風呂に入り、朝にはシャワーを浴びると言うのか!?」

「え……。う、うん」

 し、信じられない。
 聞き間違いであってくれと心から願っていたが、現実とは非情だ。
 なんと耐えがたい話だ。
 まるで優雅なセレブ生活をラジオで耳にしているぐらい、現実感がない。

「ま、まさかとは思うが……。シャワーは、何分使っている!? その都度、止めるとは思うが……」

「た、多分……。使ってるのは15分ぐらい、かな?」

 その答えを聞いて、鳥肌が立つ……。
 な、なんというヤツだ……。
 何故、そうもキョトンとした表情が出来る!?
 まさか自分がどれだけおかしなことを言っているのか、理解していないのか!?
< 19 / 50 >

この作品をシェア

pagetop