幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
 その後は、川口さんとの出会いや同棲生活について根掘り葉掘り聞かれて時間は過ぎていく。

 川口さんが受け答えをしてくれていたから、俺は楽をして過ごせた。
 だが俺は、彼女に恐怖心を抱くことになった。

 真実の中に、誤魔化しの聞く少量の嘘を混ぜているのだ。
 普段の営業や交渉能力をフル活用しているのだろう。
 実の親に対してその力を発揮するのは、どうかと思うのだが……。
 しかし、やむを得ない側面があるのは、俺も認める。

 申し訳ないとは思う。
 だが、今は偽装同棲に騙されてもらうしかない。
 親の思惑とは違い、俺たちは仕事に集中したいという強い願いがあるのだから。

 1100円のコーヒー、そしてピザは美味かったと思う。
 だが値段を考えると、味を上手く感じることが出来なかったのでよく分からん。

 兎に角、そうして短い挨拶も終わり、品川駅まで見送りに戻って来た。
 だが親父さんはピタリと足を止め、俺を射竦めるように睨めつけて来る。

「南くん、君は本当に――娘を愛しているのかね?」

 何かと思うと、そんな心臓に悪いことを聞いて来た。
 無言で頷くが……。
 疑われているのか?

 親バカではあるが、バカではない、ということか。
 なんだかんだで、親は子をよく見ている。
 俺の言動、或いは川口さんの言動に違和感を抱いたのかもしれない。

「率直に言って、かなり疑わしい。だが娘の交際相手を認めたくないと、ワシの目が偏っている可能性も否定は出来ん。そこで、だ……」

 一呼吸置いてから、親父さんは指を一本立てて、こちらに向けてきた。
 そのまま、俺の目をジッと睨んでいる。
 どうしろ、と言うのだろうか。

 ……昔流行った欧米の映画で、宇宙人と人間が邂逅《かいこう》し友情を育むシーンに似ている。
 親父さんの年齢的には、流行直撃世代だろう。
 ……え、まさか、やりたいのか?
 俺との友情を確認する為に、か?
 娘の伴侶となる人だから、友情を築きたい、と?

 まさかとは思いつつ、俺も指を立て親父さんの指に触れようとすると、サッと避けられた。

「違う! 一度、君と娘がデートしている所を見させてくれ。ワシ等は邪魔をしない。後ろから、母さんとついて行くだけだ」

 違うなら、さっさと要件を言えば良いだろうに。
 勿体ぶりやがって。
 ……いや、ちょっと待て。
 今、なんと言った?
 デートを見せろ、そう言ったのか?

「あらあら! ダブルデートってやつですか!? 素敵! そうしましょう、南さん!」

「しょ、昭平さんは忙しい方だから……」

「愛する人とデートをする時間も全く割けんような、軽い愛なのか? 時間は作るものだ!」

「……分かりました」

「じゃ、じゃあ……。また今度、日程とか場所を決めましょう! また連絡するから!」

 川口さんが焦りながらも、この場を凌ぐ言葉で上手いこと締めくくった。
 その言葉に頷き、ご両親は川口さんとハグをした後、改札の奥へと消えていく。
 最後まで欧米映画のような触れ合いだったな。

「……ごめん、こんなことになるなんて。……お父さん、娘バカだから」

 両親の姿が完全に消えるのを見送った後、川口さんが仄暗い空気を漂わせながら謝罪してきた。

「いや、俺の演技も下手だったんだろう。仕方がない、さ」

「でも、貴重な時間が……。あなただって、お仕事に集中したいだろうに」

「それはなんとかする。眠る時間を少しずつ削れば、なんとでもなる。それよりも、だ」

「……それより?」

 不安げに、上目遣いをしながらこちらの表情を窺い見て来る。
 見目は確かに綺麗な川口さんがそれをするのは、破壊力がある。
 内面が壊滅しているのを知らなければ、騙される男も居るだろうな。

「次のデートとやらも、7割3分の負担を頼むぞ」

「あんたって人は……」

 呆れたように、苦笑を浮かべる。

 それで良い。
 仕事でいつも、不幸な顔を見ているだけに、プライベートでは笑顔を見たいと思うように変わってしまった。
 明るく幸福な世界に生きる川口さんの影響を受けてしまったようだ。

「7割ね」

「ダメだ。7割1分5厘」

「細かい、そう言うとこ!」

 キッと、眉を寄せながら指さしてきた。

 行儀が悪いな。
 人を指さすなとか、節約生活とか……。
 娘が大切なら、もっと人生に大切なことを、ご両親は教えるべきだったんじゃないのか?

「もう……。申し訳ないと思っていたのが、バカみたい。分かったわよ、7割3分で良いわ。……また、よろしくね」

 恭しくそう言いながら、柔らかに笑った。
 それはウェディング会場で見た笑顔や、今日、両親の前で見せた笑顔より――余程自然で、素晴らしい魅力を感じさせられた。
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