幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
異常に豪華なアート作品やら、贅沢品の数々。
惑わされてたまるか、俺は金を貯めなければならない。
その一心で目を逸らし、極力改札や電車、新幹線しか見ないようにしてきた。
香りという姑息な罠に釣られないよう、マスクは常に何重にも着用して口呼吸という徹底ぶりだったんだ。
そうやって誘惑を振り払い学び続けた先に、俺が目指す医者への道が続いているんだと言い聞かせて。
今までは忙しさと目的のお陰で、打ち克つことが出来ていた享楽への誘惑。
だが利害関係の為とは言え、2500円も支払い、遂に品川という街の誘惑に飛び込んでしまった。
長年住んでいても、品川は俺にとって職場が近く新幹線が使いやすい街でしかない。
こんなスポットがあるなんて、全く知らなかったな。
……いや、知ろうとも思っていなかった。
邪魔で煩わしいとすら考えていた。
その考えは――今日という1日でより強くなった。
この世界は眩し過ぎて、病院という人の不幸で金を貰い、飯を喰っている場所に籠もる俺には眩し過ぎる。
病院に籠もり続けることに疑問を抱けば、医者の仕事への邪念となる。
モグラにはモグラの生きる世界がある。
変に陽の光を浴びれば、待っているのは――医者としての破滅だ。
「あ……。お父さんから通話。ちょっと待って」
一旦、歩道の横に逸れて止まる。
スマホを取り出した川口さんが、何ごとかを話し始める。
少し話をした後、こちらへとスマホを差し出して来た。
「お父さんが話したいことがあるって」
「俺にか?」
「うん」
そう言われては仕方がない。
どうせこの姿も見られているのなら、直接話せば良いのに。
通信料の無駄遣いは、親子同じか。
「はい。南です」
『デートは見させてもらった。……まだ半信半疑ではあるが、2人の楽しそうな様子も見た。……交際を認めよう』
「はぁ……。ありがとう、ございます」
『大切な一人娘を泣かせたら、ワシは貴様を許さんからな。また見極めさせてもらう!』
「……可愛いのは分かりますが、余り甘やかすと――」
ギュッと、背中を抓られた。
「――更に、甘え上手な可愛い子になってしまいます」
私生活が滅茶苦茶な浪費家のダメ人間になる、とはとても言ない。
この暴力の化身は、本当に俺の皮を千切り取るるかもしれん。
『ふん。そこも雪華は可愛いから、良いんだ。それより、同棲を続ける条件を伝える』
「同棲を続ける条件……ですか?」
『ああ。翌日、雪華のみが休みの時には、必ず実家へ帰って来させること。……結婚を許可するまで、それは条件だ』
耳を寄せていた川口さんに目線を向けると、頷いた。
どうやら聞こえていたらしい。
「分かりました。それでは――」
最後まで言い切る前に、通話を切られた。
無礼な爺だ。
顔を顰めたくなるが、交際相手を演じるのなら、最後までやりきらねば。
「……良かったな」
「ええ。……あなたのお陰よ。本当に、ありがとう。これで私は仕事に集中が出来る。次は、あなたの番ね」
「……ああ、頼む」
川口さんの親へやるべきことは果たした。
後は俺の両親へ偽装を真実のように見せかければ、この関係も終了。
当初の目的通りに、俺たちはそれぞれの仕事へ集中出来る日常を手に入れられるんだ。
俺は水族館のあった方角へチラッと視線を向ける。
皆の笑顔が溢れていた場所へ。
そして、背を向けて病院へと歩き出した。
楽しく明るい世界に惑わされてはいけない。
俺1人が幸せを感じていた瞬間にも、病院では新たに多数の不幸が運び込まれ、最悪の不幸が誕生しているんだ。
自分が成すべきこと、成したいことだと定めし目標を遂げる。
それまでは一時の歓楽で堕落する訳にはいかないんだ。
俺が堕落したせいで、幸せな笑顔が失われることがあれば……慚愧《ざんき》の念に堪えない。
金輪際、こんな眩しい場所を目の中央に止めたりしない。
俺の目標が揺らいだら、困る人が沢山居るのだから――。
惑わされてたまるか、俺は金を貯めなければならない。
その一心で目を逸らし、極力改札や電車、新幹線しか見ないようにしてきた。
香りという姑息な罠に釣られないよう、マスクは常に何重にも着用して口呼吸という徹底ぶりだったんだ。
そうやって誘惑を振り払い学び続けた先に、俺が目指す医者への道が続いているんだと言い聞かせて。
今までは忙しさと目的のお陰で、打ち克つことが出来ていた享楽への誘惑。
だが利害関係の為とは言え、2500円も支払い、遂に品川という街の誘惑に飛び込んでしまった。
長年住んでいても、品川は俺にとって職場が近く新幹線が使いやすい街でしかない。
こんなスポットがあるなんて、全く知らなかったな。
……いや、知ろうとも思っていなかった。
邪魔で煩わしいとすら考えていた。
その考えは――今日という1日でより強くなった。
この世界は眩し過ぎて、病院という人の不幸で金を貰い、飯を喰っている場所に籠もる俺には眩し過ぎる。
病院に籠もり続けることに疑問を抱けば、医者の仕事への邪念となる。
モグラにはモグラの生きる世界がある。
変に陽の光を浴びれば、待っているのは――医者としての破滅だ。
「あ……。お父さんから通話。ちょっと待って」
一旦、歩道の横に逸れて止まる。
スマホを取り出した川口さんが、何ごとかを話し始める。
少し話をした後、こちらへとスマホを差し出して来た。
「お父さんが話したいことがあるって」
「俺にか?」
「うん」
そう言われては仕方がない。
どうせこの姿も見られているのなら、直接話せば良いのに。
通信料の無駄遣いは、親子同じか。
「はい。南です」
『デートは見させてもらった。……まだ半信半疑ではあるが、2人の楽しそうな様子も見た。……交際を認めよう』
「はぁ……。ありがとう、ございます」
『大切な一人娘を泣かせたら、ワシは貴様を許さんからな。また見極めさせてもらう!』
「……可愛いのは分かりますが、余り甘やかすと――」
ギュッと、背中を抓られた。
「――更に、甘え上手な可愛い子になってしまいます」
私生活が滅茶苦茶な浪費家のダメ人間になる、とはとても言ない。
この暴力の化身は、本当に俺の皮を千切り取るるかもしれん。
『ふん。そこも雪華は可愛いから、良いんだ。それより、同棲を続ける条件を伝える』
「同棲を続ける条件……ですか?」
『ああ。翌日、雪華のみが休みの時には、必ず実家へ帰って来させること。……結婚を許可するまで、それは条件だ』
耳を寄せていた川口さんに目線を向けると、頷いた。
どうやら聞こえていたらしい。
「分かりました。それでは――」
最後まで言い切る前に、通話を切られた。
無礼な爺だ。
顔を顰めたくなるが、交際相手を演じるのなら、最後までやりきらねば。
「……良かったな」
「ええ。……あなたのお陰よ。本当に、ありがとう。これで私は仕事に集中が出来る。次は、あなたの番ね」
「……ああ、頼む」
川口さんの親へやるべきことは果たした。
後は俺の両親へ偽装を真実のように見せかければ、この関係も終了。
当初の目的通りに、俺たちはそれぞれの仕事へ集中出来る日常を手に入れられるんだ。
俺は水族館のあった方角へチラッと視線を向ける。
皆の笑顔が溢れていた場所へ。
そして、背を向けて病院へと歩き出した。
楽しく明るい世界に惑わされてはいけない。
俺1人が幸せを感じていた瞬間にも、病院では新たに多数の不幸が運び込まれ、最悪の不幸が誕生しているんだ。
自分が成すべきこと、成したいことだと定めし目標を遂げる。
それまでは一時の歓楽で堕落する訳にはいかないんだ。
俺が堕落したせいで、幸せな笑顔が失われることがあれば……慚愧《ざんき》の念に堪えない。
金輪際、こんな眩しい場所を目の中央に止めたりしない。
俺の目標が揺らいだら、困る人が沢山居るのだから――。