幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
3章 歩み寄り
 偽装同棲生活が始まってから、2ヶ月以上が経過していた。

 そして俺は、偽装同棲生活を受け入れたことを――心から後悔していた。

「い、一体、なんなんだ!? この電気料金の徴収額は!? 何かの間違いじゃないのか!?」

 夏の心地良い黎明の光が差し込む中、自宅マンションへと帰り着いた。
 そして階段を上っている最中、思わず絶叫してしまった。

 スマホにインストールしている電気の使用量や目安、請求金額を確認出来るアプリを、ふと開いて確認した瞬間だ。
 途端にカッと体温が上昇していくのを感じる。

「アイツ……。金銭管理能力が常識外過ぎるだろう!」

 手数料が安くなるからと口座引き落としにしていたから、発覚に時間がかかってしまった。
 不覚だ!

「この間は退居費用が敷金を上回ってるのが予想外だったとか言いやがったし……。挙げ句、クレジットカードをリボ払いにしたり、消費者金融などと金利が高い所で金を借りてやり過ごそうとしやがるし……。生活能力が酷過ぎるぞ!」

 結局、借用書を書いた上で俺が貸した。
 無利息で、だ。
 親にも同棲生活に不安を与えるから言えない。
 職場仲間や友人には、仕事が出来る女で通しているから、お金を借りられないから、と。

 もう少し、俺が気が付くのに遅れていれば、川口さんは余計な金を払う所だった。
 その無駄遣いの熱も覚めやらぬうちに、この電気代請求だ。
 電気代は数ヶ月遅れてから請求額の通知が来るというのも、発覚が遅れた理由の1つだろう。

 兎も角、文句を言ってやらねば!
 堪忍袋の緒も切れたというものだ!

 俺は自室のドアを開くなり、声を荒げる。

「オイ、この電気代は――」

「――インターホン!」

「……そうだったな。済まない」

 舌打ちをしながら、インターホンを今更ながらに鳴らす。
 怒りとパニックで忘れていたが、ドアを開ける前にインターホンを鳴らす決まりだった。
 理由はあれど、この線引きを破ったのは俺が悪い。

「で? 今度はなんのお小言? どうせ、また小姑みたいにイビるつもりでしょ?」

 カーテンを少しだけ開き、顔を覗かせている。
 寝起きで出勤の準備をしていたのか、非常に面倒臭そうな表情で……。
 余計に怒りが増す。

「電気代だ!」

「電気代?」

「そうだ! アンタ、どうせ家を出る時に家電のコンセントを抜かなかったんだろう!?」

「……は?」

「良いか!? コンセントを挿しっぱなしで生じる待機電力は、年間平均228キロワットアワーだ。これまでは年間7943円も節約出来ていた。月々の使用量が300キロワットアワーを超えると、1キロワットアワー毎に45円43銭に値上がりする。最初の120キロワットアワーまでは24円84銭で、毎月120キロワットアワー内で済んでいたのに! 先月は304キロワットアワーも使用していたんだぞ!?」

「朝から、本当にアワアワとうっさいわねぇ……。2人暮らしなんだから、増えて当然でしょ」

「2人暮らしの平均は約200キロワットアワーだ! どれだけ無駄遣いしているか、見直す必要がある!」

 俺が冷静に話し合い、改善しようと言っているのに、川口さんは大きな溜息を吐いた。
 なんだ、まるで俺が間違っているかのような態度を……。

 これまでは月々2600円程度の電気代請求だったのに、折半しても倍ぐらい高くなっているんだぞ!?
 偽装同棲の利点の1つであるはずの、光熱費が半額になるというのがむしろ俺にだけ負担増だ!
 これが黙っていられるか!

「コンセントを一々抜くとか……。イヤにならないの?」

「こんなことは常識の節約術だろう!?」

「あんたの常識は、世の非常識なのよ!」

 どっちが非常識だ!
 俺は少し倹約家なだけだ。
 川口さんのように、貯金がないからとリボ払いや消費者金融をポンポン利用とする方が非常識だろうが!
 これだから、お金の大切さや怖さも知らないお嬢様育ちは困る!

「さすが、金持ちのお嬢様は違うな! だが庶民の世界ではこれが常識だ!」

「私だって1人暮らししている時は庶民の生活をしていたわよ! でもね、同僚でも友達でも、あんたみたいなサバイバル生活をしているヤツは居なかったわ!」

 またしても俺がサバイバル生活をしていると罵りやがったな。
 類は友を呼ぶと言うからな。
 川口さんの周囲には、金遣いの荒い人が集っていたのだろう。
 ならば、この異常に計画性がない金銭感覚で身を滅ぼす前に、俺が常識を教えてやらねば!

 改めて、冷静に電気の使用について話し合おうとするが――。

「あ、化粧始めるから、もう話しかけないでくれる? 手元や加減が狂ったら困るの」

 ピシャッと、カーテンを閉められた。

 ならば、と意固地になってカーテンの前で待ち続ける。
 そして化粧が終わったのか、やっと出て来た。
 そうかと思えば、クローゼットから通勤用の服を取り出すなり「覗くつもり? 部屋に籠もっててくれない?」と追い出された。

 そう言われては、自分の寝室に籠もるしかない。
 寝室で憤りながら待ち続けると、バタンとドアが閉まる音がした。

「は!? まさか……」

 まさか、俺がこれだけ待ち続けていたと言うのに、気にせず出て行ったというのか!? 

 慌てて寝室から出ると、室内には既に誰も居なかった。
 本当に、無視して仕事へ行きやがった。

「畜生! 逃げられた!」

 悔しさに顔を顰めてしまうが、本人が居ないのではどうしようもない。
 どう節約に協力してもらうか、常識を教えこむかと考えながら、俺は次の出勤時刻まで暫しの睡眠を取る――。
< 38 / 62 >

この作品をシェア

pagetop