幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
 そうして、約束の日曜日がやって来た。

 朝から学会のセッションに集中していた俺だが、夕方にもなってくると聞きたい演題も乏しくなってくる。
 懇親会に参加しない参加者がチラホラと掃けていく姿も目に付く。

 そんな中俺は、ホテル内の地図を頼りにウェディング会場へと向かう。

 ようやく見覚えのある場所に辿り着いたのは良いが、誰に声をかけろと言うのだ。
 さすがのホスピタリティとも言うべきか。
 忙しそうな素振りこそ見せないが、気軽に声をかけられる場でもない。

 倫理的によろしくないのではないか。
 これからそう思う行動をするという、後ろめたさもあるのだろうか。
 そんな自分の小心さが、妙に悔しい。

「お客様、どうされましたか?」

「あ、ああ。えっと……」

 スタッフの方を見つめ挙動不審になっていたからか、後ろから声をかけられた。
 慌てて振り向くと、川口さんと同じくウェディングスタッフの制服を著た女性が立っている。
 化粧があるから正確な年齢は判断しがたいものがある。
 だが恐らくは、川口さんより年上だろう。

「えっと、川口雪華さんはいらっしゃいますか?」

「ええ、おります。本日は川口とお打ち合わせでしょうか?」

「ああ、いえ……。その、会場に来いと呼び出されておりまして……」

 俺がそう答えると、目がキラリと輝いた気がした。
 口元の笑みも、作り物ではなくなっているような。
 どこか先ほどよりも、自然なものに感じる。

「失礼ですが……。川口と同棲をされている御方でしょうか?」

「え、ええ。まぁ……」

「そうでしたか! 初めまして、私は川口の上司になります」

 綺麗にお辞儀をする女性。そして興味深げにこちらを見てくるスタッフの視線。

「実在したんだ」といった囁き声まで聞こえてくる。
 さては、アイツ……。
 同僚への証明に、俺を利用したな?

 それにしても、この人が川口さんの上司、か。
 成る程。
 締める所は締めそうで、接遇にも丁寧な物腰ではあるが……堅過ぎず、親しみが持てそうな柔軟性も感じる。

「どうも。それで川口さん――いや、雪華さんが無理を言ったようで。公私混同も良い所なんで、無理なく――」

「――いえ。それでは、ご案内させて頂きます」

「……え? 良いんですか?」

「はい。スタッフ用の控え室から、こっそりと見て頂くだけにはなってしまいますが……。彼氏さんにも、我々の仕事の良い所を理解して欲しい。その願いは、スタッフへと通じましたので」

「……そう、ですか」

「特に、今が2次会中だというタイミングも良かったです。挙式や披露宴では、さすがにお断りすることを考えていたのですが……。新郎新婦から2次会はカジュアルに楽しめる場を、との要望でしたので」

 成る程、な。
 一般的な知識だが、挙式や披露宴には親族や特に親しい友人を招くことが多い。
 両家が集う場であるから、厳格な家族であれば厳粛な式になると聞いた。

 対して2次会とは、挙式や披露宴に席の関係で参加が出来なかった友人たちへ結婚報告する場だと言われる。
 基本的に親や親族は参加せず、己が趣味嗜好が凝らされた楽しい場。
 メモリアルを作るのだ、とも。

 だからこそ2次会が行われている場なら、多少のことは多めに見られるのだろう。
 スタッフ控え室からスーツを着たやつが見ているのも、案外気にならないのかもしれない。

「それでは、音響の設備がこちらになります。ここはガラス越しに会場が一望出来ますので。こちらからご観覧ください」

「分かりました」

「失礼ですが、ウェディングプランナーの仕事についてはどこまで川口とお話しておりますか?」

「それは……。余り、していないですね。彼女が並々ならぬ仕事への情熱を持っていることしか……」

「……そうですか。では簡単に、御説明させて頂きます。我々の仕事は、非常に多岐に渡ります。ご成約は勿論、関係各所との打ち合わせや発注に、納品管理。各種問い合わせに事務作業や会場設営から撤去まで。一から十まで話し合い、計画し、全てを抜けなくこなさなければいけません」

「それは、大変な仕事なんでしょうね」

「ええ、ですが――非常にやり甲斐のある仕事です。特に自分が担当したお客様の晴れ日というのは。川口の努力の成果を、本日は知って頂ければ嬉しく思います」

 だがこの人も仕事にやり甲斐を感じている人なのだな。
 明るく朗らかだが、川口さんがどれだけ頑張っているのかを知って欲しいという思いやりまで伝わってくる。
 機械のように仕事をこなすのではなく、人情もあると言うか。

 それは幸せの場をプランニングするという、この業態が故にだろうな。

「川口は現在、披露宴会場の片付けをしております。折を見て、こちらへ向かわせますので」

「ご丁寧に、どうも」

 既に会場は大盛り上がりだ。
 音響さんたちも会場のテンションに合わせて機材を弄ったり、忙しそうだ。

 医療機器とは違う精密機械。
 おそらくは高価なのだろう。
 俺は会釈をして、なるべくスタッフの邪魔にならないよう端に寄る。

 しかし、だ。

「なんて、幸せそうな顔をしているんだ……」

 新郎新婦へ結婚にちなんだ芸を披露したり、逆にビンゴでゲストへプレゼントを渡したりしている。
 プレゼントや芸に必要な道具も、滞りなく出てくる。
 これも綿密な打ち合わせをしたが故に、ゲストを待たせることなく執り行えているのだろう。

 会場の音楽だってそうだ。
 新郎新婦の希望を聞いて、音響さんへと川口さんが打ち合わせを行ったんだろう。

 途切れる間もなく、新郎新婦や会場が幸福に包まれ続けている。
 この忘れがたいメモリアルを残す為に、一体どれ程打ち合わせを繰り返したのだろうか。
 親身に寄り添い、幸せな場を作る為に奔走したと言うのだろうか?

「眩しい。……なんて眩しさだ。この幸せが不幸に変わらないように……俺は別方向から全力を尽くさねば」

 笑顔溢れる新郎新婦を見ていると、ポロッと本音が口から零れた。

 結局、忙しかったのだろうか。
 2次会が終盤にさしかかっても、川口さんが俺の元へ来ることはなかった。

 だが、それで良い。
 今は勤務中。
 ましてや集大成の日だ。
 仕事に集中するぐらいの方が、好ましい。

 俺も懇親会の時間が迫っている。
 音響さんへ邪魔をした謝罪と先に帰らせて頂くことを伝えて、俺は明るい会場へと背を向ける。

 人の幸せを見られる。
 ましてやプロフェッショナルの仕事という裏方側から知れるのは、素晴らしいことだ。

 自分がこの幸せに飲まれ、目標がぼやける訳でなければ……。
 遠目から見ている分には、これ程に貴重でエネルギー源となるものは他とない――。

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